かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

#96

 育児というものはかなりの難事だ。こどもは、両親だけで育てきれるものではない。でも、だからといって、両親以外の誰かが大きな責任を負担しなければならないというわけでもない。たとえば駅のホームで、こどもが電車とホームの隙間に落ちそうに見えたとしよう。そしてそれを見ていたあなたが、「あ、危ないな。大丈夫かな」と心配し、もしもの時には……と心構えをしたとしよう。その時“もしも”が訪れなかったとしても、あなたが心配した、心構えをしたという事実は、すでにその子を育てることに参加したということなのだ。あなたもその子の親のひとりになったということなのだ。またあるいは、いつも見かける親子連れを、あなたが微笑ましく思っていたとしよう。よい親子だな、と思っていたとしよう。それだけでもすでに、育児に参加したのだといっていい。そして、もしあなたがその親子に他愛もないあいさつのひとつを投げかけ、そこに笑みの往来が生じたなら、それはもう立派に育児に参加したということになる。そういうほんのわずかな心遣いの集積が、こどもを育ててゆくのだ。それが人間の育児というものなのだ。