2015-02-01から1ヶ月間の記事一覧
人間は、規則性のあるものに対して美を感じるように感覚が設定されているようだ。それは形而下的な物の姿に限ったことではなく、形而上的なものにも適用される。その規則を微妙にずらしたものを見たり考えたりしていると、だんだん気分が悪くなってくる。こ…
おやじをなめるな。加齢味がするぞ。
人間の世界は内側へ向けて閉じられている。だから恐怖もまた自身の内側にある。なにかが存在するからおそろしいのではなく、存在するなにかに自分がおそろしいと思うものごとを投影するからおそろしくなるのだ。従って外部から精神的な危害を加えられること…
日々増え続けるさまざまなデータを乱雑に撒いていたおかげで、いつの間にかけっこうなカオスになっていたPCのデスクトップ。これを整理し整頓することに成功したぞ。資料なら資料、作品なら作品ごとにフォルダ分けし、さらに下の階層で細分化。そしてわざわ…
自身の欲望の限界を知ればひとは自ずと質素になる。各々がその質素へ到達すれば、世界は実に適正な規模で営まれるだろう。ただし各自が限界を知るためには、それぞれが限界を大幅に越えた蕩尽を経験しなければならない。その蕩尽の総量は、世界がいくつあっ…
占星術にせよ数秘術にせよ四柱推命にせよ、未来を覗き見るさまざまな手法には、なんらかの真理ともいえる法則がそれなりに含まれているものなのだろう。ただ人間の期待に応え得るほどには至るまい、それだけ人間の欲は深い。そしてその欲の元をたどれば、人…
今さらなにを期待できるものでもなかろうに生きているってことは、やっぱり心のどこかでまだなにかを期待しているってことなんだろうねえ、それがなにかもわからないまま。
『後悔先にたたず』は因果律的に当たり前のことをそのままいっただけのものであって、機知も意外性もない本当にただの“その通り”な諺だ。それがこれほどに長生きし、そしてこれからも伝えられてゆくと思われるのは、ひとえに人間がそれだけ愚かだということ…
なにごとにつけ余裕がないのはよくないと誰かが言ったらしい。そのおかげで、本当に余裕がないのにそれを敢えて流して余裕があるつもりにならなきゃいられない余裕中毒者が現れた。この中毒者には余裕を準備していちゃいけない。あっという間に越えてはなら…
やっぱなんかつくってるのがすき。
ひとのことを気にしている場合じゃあないだろうって? うん、まあその通りなんだけどね確かに。でも自分のことしか、それだけしか考えずにいると、むしろやる気がなくなっちゃうんだよねえ。自分ってのがそもそもその程度のものだと思っているらしいよ俺は。
限界までやっていいのは一度だけだ。限界までやったら果てるだろ? 果てた後始末をするひとはさらに向こうまで行って、しかも戻ってこなきゃならないんだぜ。そんな迷惑、何度もかけるもんじゃあないよ。でも一度はやるべきだな。でなきゃ限界がわからないか…
極論すれば食って寝るだけのことなのに、なんでこんなにいろいろ面倒なんだろうねえ。やっぱ食う寝るだけじゃあすまないからなのかねえ。いや食う寝るだけでも面倒だよねえ。なんでだろうねえ。
逃げ出したいのは毎度のこと。そしてそれを実行してきたのも毎度のこと。ゆえに現在ある状況は逃げて逃げて逃げのびた先。それがなにかを成し得たように見えるのは、あくまでも外側から眺めているから。当人は今も怯えております。怯え続けております。
待つことは嫌いじゃないと思っていたが、それは来ることが確かだからのことだったと今さら気がついた。ついでにもう少し考えて、来るかどうかわからないものに対する行動を“待つ”と表現するのはおかしいんじゃないか、それは“ねがう”なんじゃないかと思い始…
結局のところ、全部は自分のためなんだけどね。でも、誰かのためになにかをするのが嬉しいってのは、まあそこそこにはいい“自分のため”なんじゃないかなあ。
いつだってあきらめるには早すぎるんだ。そして、いつだってしがみつくには遅すぎる。
人間が丸くなったわけじゃない。齢取って体力が落ちて、いろいろ面倒になっちゃっただけだ。
やってみたいというのは好奇心であっておよそ歓迎してよいものだが、やってみなきゃわからないというのはこどもかただのバカである。
日本人もようやく平和がタダでは得られないことを実感し始めたようで、これは大変によいことだと思う。だがどうもまだピントがズレている気がするよ。平和は勝ち取ったり奪い取ったりするもんじゃない。育て上げたり築き上げたりするもんだ。
出産者の曰く「子が自身の肉体より出(いづ)ることは西瓜が鼻の穴を通るより困難である」とのことで、それを想起するときどんな子もその痛苦を敢えて経ても生み出そうとした母親の強い愛情に支えられて生を得たはずなのだと思う。はずなのに、と思う。
救い主の曰く「富める者(=宗教的な救済が不要なほど心身が満たされた者)が神の王国に入ることは駱駝が針の穴を通るより困難である」とのことで、申し訳ないがそういう神の国は当方より辞退申し上げる。俺にとっちゃ神の王国への入国よりも腕の中の子を愛…
真の権威は稲の耕作に秀でた者と似ている。耕作者の日々の行き届いた作業により稲が季節を迎えれば一様に恭しく頭を垂れるように、権威がなすべきことを怠らなければ民は自ずと畏敬に頭を垂れるものなのだ。ただ権威と耕作はやはり違うものではある。耕作が…
やりたいようにやるのと、やりたくないことをやらないようにするのは、気持ちがおさまるという点では似たような効果をもたらすものの、最終的に得られるものがまったく違う。二者択一を考えるなら自分の向き不向きをよく吟味する必要がある。まあ併用するの…
ウェブ発展の功罪の功の方に勘定していいことのひとつは、誰でも発信ができるようになったために、世の中に存在するアタマの悪い人々のおよその数が推し量れるようになったことだ。おかげで、それまではなんとなくの見当でとっていたバランスを、かなり納得…
コアラが! 無理難題にぶつかって! 悩んで! 悩んで! 悩んだその果てにひとこと「こぁらまいった」……言うわけない! コアラだもの!
平和にはコストがかかる。確かにその通りだ。だがそんなことを論じていられるのも平和なればこそ。平和のない場所では平和にコストをかける以前に日々の糧もない。だからこそ平和がないのでもある。だから思うに、平和のある場所のすることは己れの平和を固…
今どき、ものごとを難しくすることはバカにだってできる。単純にすることの方がよっぽど大変だ。ただしそれはものごとの全容を捉えている場合の話で、一部しか捉えていなければ単純にしかできない。その辺の区別がつかないってのは問題だ。