2019-05-01から1ヶ月間の記事一覧
自分で自分を好きになる一番手軽な方法は、特技をつくることでもいいところを見つけることでもない。規準を自分でつくることだ。誰かの規準を借りるから、自分への判定が厳しくなる。ただし自分の規準をつくった時には、誰かがつくった誰かの規準も認める必…
救われ難い人の最も救われ難い事情は自身に救われる必要があることを実感していない点にある。だからその人たちは自ら救いを求めることがないし偶さか救いの手が差し伸べられることがあっても気づかないか拒絶してますます救われることから遠ざかる。
バカには最初から期待なんかしていないんだよ。能力をもっているはずの人がなぜそれをやる、と思うから腹が立つんだよ。
「で、あなたは何者なんですか。職業がなにという話ではなく」という問いに即答するような相手とは、個人的に深くつきあう必要はない。その回答が真実ならそれで充分な情報が得られたわけだから今後わざわざ時間を割くことはなく、その人の力が要る時に連絡…
こんな夢を見た。 「やば、いっちゃう!」 「走るッ!」 「いかなきゃ!」 「いく!」 俺の横をスリ抜けて、制服姿の女子高校生ふたりが駆けてゆく。 彼女たちが目指しているのは、エレベーター。 もうドアが閉まりかけている。 俺もそれに乗りたかったんだ…
NHKの大河ドラマ『いだてん』がなにかと話題だ。 少なくとも俺の周囲では。 世間一般では違うのかもしれない。 というのも『いだてん』、報じられるところによれば、記録的低視聴率に喘いでいるとのことで、幾度となく広報強化をおこなったものの効果はなか…
イチバンにこだわり始めるとろくなことにならない。だいたい上の方、ぐらいの感じでアレやソレに向かった方がうまくゆく。どうしてもイチバンがいいのなら、基準を自分でつくることだ。誰かにイチバンを認めてもらおうと思ったら、まず間違いなく躓く。
そらそーだ。無神経のカタマリみたいなモノが跋扈する世間をすいすい渡れるようだったら、誰がモノカキなんぞやるものか。裏読み深読み二十手先読みのひとたちとやりとりする方が、鉄面皮以前に痛くなるツラの皮なんぞもっていないモノたちの世間なんかより…
ないものねだりが経済の原則。
音楽全般を趣味としてわりかしたのしんでいる。 始まりは中学生の頃。 それ以前から音楽はそこそこに好きで、あとから周囲の話を集めるに、どうやら基本的に「聞こえる」タイプだったらしい。 この「聞こえる」(逆の立場は当然「聞こえない」)というのはご…
借り物の情報を並べて博学を騙るか学そのものを敵視し否定する者たちの不幸は生半に学を知っていることであり、その底にはまったく学に興味がない者にも着実に学を積む者にもなれないこと、すなわち学に対する姿勢そのものが生半という事情がある。
ついった流れで知ったサイト『Music Map』がすごい。⇒https://www.music-map.com/ ミュージシャン名を入力すると、「そのひとが好きな聴き手は、だいたい此処等辺も好きっぽいです」みたいなメッセージとともに、ミュージシャンの名が並ぶ。 中心には指定し…
昔は「冗談のひとつも言えるうちはまだ大丈夫だ」と思っていたが、長生きしてみたら冗談を言う以外にできることがない場面もあることを知った。若い頃の考えは凡そその程度のものだ。
仕組まれた作品でげはげはと笑うことを探すより、日常のちょっとした場面でにっこりできることを探す方が、技術的には難しい。
否定によってしか自己を表せない人間にとって、あらゆる行動はなにかの否定でなければならない。だから彼らは、独自の行動を採ろうとする者を理解できず、理解できない対象はなにを始めるか想像できないので敵と見做し、最も否定すべき存在と認識する。これ…
虚無っていうのは、なにもないってことじゃあないんだ。むしろなんでもアリだ。たとえばそれは、信じるという概念を知っているが信じるものをもたない、信じる自分ってものさえ信じないってことだ。かといって疑っているわけじゃない、疑うのだって疑う自分…
そんなにがんばらなくても、おまえはおまえだよ。 どんなにがんばっても、おまえはおまえなんだし。
世の中には忘れた方がよいことがあるという。確かにそうかもしれない。だが俺は忘れずにいたい。俺の記憶はすべて誰かと連結している、忘れることはその誰かをなかったことにすることだ。それをしてしまったら、俺自身がなかったことにされても文句が言えな…
親のエゴイズムがまったく介在しない誕生はあり得ない。すべての誕生はむしろ親のエゴイズムによってのみ始まると考えた方がよい。
「ホントにそうなのかなー?」を見つけたときは細心の注意と最大の意欲を以て対するべきだ。それは人生を一変させる機会になり得る。それがよい方向へ至るものか、それとも逆のものかはわからないが。
まあ今さらナニって話題なんだけどね。 知人とのやりとりで、話が「ワンダバ」に展開した。 ワンダバというのは、『帰ってきたウルトラマン』以後のウルトラシリーズで定番となった、防衛隊スーパーメカの発進BGMのこと。 『ウルトラセブン』まではふつうに…
しかし世界は個々の器量に比例して規模を定められるものだから、器量が大きい者が小さい者の世界を把握することはできても、逆はできないんだ。だからどうしても話が通じなくなる者は出てきてしまう、それは仕方のないことなんだよ。
星新一氏はご自身の作品を刺身のワサビのようなもの、一般誌の何百ページに数ページあるピリッとくる味つけで、それだけを貪り食うようなものではないと書かれていたと記憶する。となるとこのブログ、わけても今日のエントリーも含まれる『今日の戯れ言』と…
「あしたやろう」はバカ野郎なのだそうですが、「いつかやろう」の自分はナニ野郎になるのでございましょうか。
別に誰も好んで後悔しているわけじゃないんだよ。それしかできないし、それをせずにはいられないから後悔しているだけでね。なぜそれをせずにはいられないかといえば、それをすれば必ずどこか別のところの帳尻が合うとわかっているからさ。そんな時に横から…
自己犠牲など美しくもなんともない。美しいのは、自身の維持より大切に思うものをもつことができる心のありようなのであって、自己犠牲はその実現のための手法のひとつでしかない。自己犠牲を美しいなどというのは、美しい絵を描くための筆や絵の具をのみ称…
まるごと難しいもの、というものはあまりない。しかし皆無というわけでもない。それがバラせるものか否かを見極めるのがまず重要。
本当に大切なものは金銭に換算することなどできない――ということは、世の中の仕事という仕事は本当に大切なものではない、ってことになっちゃいますな。あはは。
俺の妹は富士山が好きだ。 出先で富士山が見えると大はしゃぎ。もうこどもがふたりとも大学生って齢なんだけどね。特に富士山目的ではないが遠出したら偶さか見えた、なんて時にも、「富士山! 富士山! わー!!」って、手をぱたぱたさせて喜ぶ。 でも、だか…
なんのCMだか忘れたが(てことはCMとしては機能してないってことになるな)、忌野清志郎が若い女の子と出てるやつがあってね。 海辺でキヨシローがギター抱えててさ。 女の子がキヨシローの歌を歌いだすの。それに合わせて途中からキヨシローも歌う。ひと節を…