かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

#161

 嘲笑は、それが対峙する者同士が上下関係を確認する一手段であるという点ではニホンザルのマウンティング行動に似た部分がある。だが、マウンティング行動がする者される者の両者が納得した上でおこなわれるものであるのに対し、嘲笑はする側が一方的にされる側に与えるという点で、明らかにサルに劣っている。そして、嘲笑を浴びせかける者は、浴びせる相手を恐れている場合が多い。「なにキミそんなこともできないの? ふふん」と嘲笑を浴びせる時、浴びせる者は相手がもしそれをできるようになったら、あるいはすでにできていたら、と恐れているのである。一方で、浴びせられる者はしばしば嘲笑されることを心外に感じている。これには“ライバル視”と似た部分がある。ライバル視とは、基本的にする側だけのものであって、される側はその相手にライバル視されることをそもそも想定していない場合が多い。これは、ライバル視する者がライバル視する相手に、自分を上回る力量を認めているからである。自分より劣る者をライバル視する者などいないのだ。だから、もしライバル視をおこなう者の実力評価が正しかったなら、ライバル視される者は必ずライバル視する者より実力が上なのであり、ライバル視する者をライバル視することなどあり得ないのだ。これと同様に、嘲笑される者は嘲笑する者から嘲笑されることを想定していない。嘲笑を浴びせてくる者が自分に対していだいている恐れを、そもそも想定する必要がないからである。