かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

#190

 たとえば議会制民主主義における選挙ってのは、その結果の如何にかかわらず、参加したという事実自体が重要なものであるわけだよ。それは自身の意思を政治に反映させる手段であると同時に、その選挙の結果を承認するという意思表明でもある。よく「あの候補者に俺は投票しなかったから、そいつが何をしようと関係ない」みたいな態度をとる人があるけれど、それはダメなわけさ。逆を考えればわかることで、自分が推して当選した政治家の政策に従わない選挙民がいたら、ふざけんな、って思うわけでしょ。選挙の結果当選したんだから、その方針には従うべきだって思うんでしょ。だったら自分もそうすべきで、たとえ自分が投票しなかった者が当選しても、その方針には従わないといけない。それが選挙に参加することで請けるべき義務のひとつなんだな。で、ここから話がいきなり個の方向へ収斂しちゃうんだけどさ、よくいるでしょ、自分は言われた通りにしただけだから責任はないとか、誰某のためにしたことだから自分に責任はないとか述べるバカが。あれはさ、言われた通りに「する」という選択をした、という点において責任が生じてるわけさ。誰某のために「する」という選択をした、という点において責任が生じてるわけさ。「する」ことを選んだ以上、その責任は必ずある。選挙に参加したのと同様にね。結局、自分の行動に自分で責任を負う気がない、というより逃げたいわけだね無辜の聖域に。それはもう根本的にダメなんだよ。自律ができていないわけで、つまり一人前じゃないんだね。一人前ではないと自ら言明するのであれば、一人前の者が得られる成果も得られない、周囲も与えちゃいけない。そういう半人前未満は、むしろ共同体から排除すべきなんだ。
 ところで、選挙の結果に「俺は関係ない」と言える者は、もちろん存在する。つまり棄権した者だ。棄権者は、選挙の結果生ずるあらゆる事象を忌避できる。というより、選挙の結果生ずるあらゆる事象から排除されるべきだ。選挙を通じた参政を放棄した以上、政治によって生ずるすべての負の要素を引き受ける必要がないが、同様に政治によって得られるすべての恩恵を受ける資格もないんだ。それが義務というものだし、権利というものだ。個においても然り、責任を負う気のない者は成果を得るべきではないってのは、つまりそういうことなのさ。