かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

#410

"To say good-bye is to die a little."──別れを言うことは少しだけ死ぬことだ、とはチャンドラーがマーロウに言わせた台詞だ。(おおもとはジャズの歌詞らしいが)
 然り、別れることは少しだけ死ぬことだ。
 生きているとはどういうことか。それは“今”を連続的に紡ぎ、そしてそれを連続的に過去にしてゆくことだ。連続的に生産される過去とはなにか。記憶である。そして、そのように蓄積された過去こそ、そのひとそのものだ。
 別れるとはどういうことか。ある出会いを消去することだ。その消去により、記憶は変質する。どういう関係の相手とのどんな別れであろうと、別れたあとに記憶が以前同様の状態で維持されることはない。すなわち別れでひとは変わる。
 そして別れたあと、その記憶に新たな情報が追加されることはなくなる。「連続的に紡がれる今」が、その記憶に関してはなくなる。つまり「生きている状態ではなくなる」。
 生きている状態でないことがイコール死というわけではないが、更新の止まった記憶が増えてゆくにつれ、その記憶のもち主が活き活きとした生から遠ざかっていることは確かだ。そしてすべての記憶の更新が閉ざされることは、これは間違いなく死だ。
 その小さな単位としての別れが「少しだけの死」であることは、だから、当然なのだ。