かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

【Ringo the Wight/#2-06】

(承前)

 たったの三日で、ヴィレンたちの行動は成果を得た。旧来の十七チームはもちろん、残りの新興五チームも、順次ヴィレンたちの連合案に従ったのだ。
 特に、旧来の十七チームの従い方には、異様なほどの素直さがあった。これは考えるまでもなく、事前にリンゴーが各チームと話をつけていたせいだ。
 ヴィレンとリクが、リンゴーとともに各チームの溜まり場に顔を出した時、いくつかのチームの毒虫少年たちは、サッと顔色を変えた。もちろんそれは、ヴィレンやリクを見てのことではない。リンゴーの姿を見た途端、のことだ。
 リンゴー当人は『やあやあどうも、どうもね』と気安く手を振りながらニコニコしているだけなのに、周囲は最敬礼。そういうチームのリーダーは、リンゴーとは視線を合わせようとさえしない。緊張に全身を強張らせ、顔全部を俯けて畏まってしまう。それはまるで、リンゴーの目を直視したら石になる、とでも思っていそうなありさまだった。
 よっぽど強烈な脅しを仕掛けたんだろうな……リクは時おり、リンゴーを振り返っては、そう思っていた。けれどいったい、どういう脅し方をすれば、ここまで相手を従順にさせられるのだろう。タイマンを張ったとしても、こうはならないはずだ。タイマンというものは、むしろ連帯感を強める。こうまではっきりした上下関係には、繋がらないものだ。
 また、いかに人間離れした力とはいえ、不死性や回復力を見せるだけでも、こうはならないだろう。なにかとてつもない恐怖を与えたのだろうか。それとも……。
(……わかんねぇや)
 考えるたびに、リクは心の中でそう呟かざるを得なかった。考えても考えても、いったいどうやってリンゴーが他チームのリーダーを従えたのかがわからないのだ。そして同時に、そんなリンゴーが、なぜ自分にはあれほど優しくあってくれるのかも、わからなかった。
 旧来のチームをまとめあげた後、リンゴーとヴィレンたちは別行動を採った。
 ヴィレンたちは、リンゴーの『新しいチームとの話は、キミらが自力でまとめあげた方がいいよ。今後のためにもね』という言葉に従い、新興チームの取り込みにかかった。
 一方リンゴーは、連合したチームが対ヤクザ活動を始めるための足場を作り始めた。
 リンゴーは『ヤクザとやりあうには、とにかく部屋がひとつ以上必要だ』と言い、まずはリクの仲間の手を貸りて、放置されている空き部屋を捜し出した。
 例によってドアを外して入り込んだその部屋に、リンゴーは、どこから調達してきたのかエリアの大きな地図と、かなりくたびれた旧式のコンピュータ十数台を運び込んだ。機械の設置やらなにやらの陣頭指揮をとりながら、リンゴーは、あのごつい指で針をつまんでは、擦り切れジャケットに新しい裏地をちくちく縫いつけていた。
 新興グループの説得には、ヴィレンを核にまとまった古株十七チームのリーダーたちが、総出でかかった。ヴィレンを含め十八人とその補佐役、合わせて最低でも四十人近い集団で、ひとつひとつの新興チームへ“挨拶”に出掛けたのだ。
 ずらりと並ぶお歴々を見ては、いかに尖った新興チームもあからさまに抗うわけにはいかない。そこでヴィレンがヤクザの狙い目をじっくり説明することで、三つのチームが素直に恭順の意を示した。
 やや手間のかかった残りの二チーム――ヴィレンに同盟を迫ったチームだ――は、つまり、すでにヤクザの援助を受けているチームだった。
 彼らはヤクザを、舐めていた。ヤクザは、十二年前に全チームに試みた懐柔策を、今回は新興チームにだけ適用したというわけだろう。だがそんな彼らも、ヴィレンがヤクザのやり口を説き、またあの“遺書”のコピーを見せれば、顔色を変えた。
 彼らは、ヤクザにつくか、チーム連合につくかの選択を迫られたことになる。ヤクザとまったく無縁ではないだけに、またヤクザの正体を知ってしまった後だけに、決定を下すことは容易ではなかった。そこでヴィレンが提案したのが、チームの一時的な解散だった。
 メンバーはとりあえず他のチームに分散させ、リーダーは身を隠す。テリトリーは全チームの共同管理にして、ヤクザ排除が成った暁には返還する、というアイディアだ。
 一チームのリーダーは、それでも『そんなうまい話が信じられるか』と抗ったが、『ならばヤクザに助けてもらうか?』と重ねて押した時、陥落した。
 いずれにしてもたったの三日で、リクたちの住む街に居つく毒虫少年団は、すべて統合された。そして四日目からは、ヤクザを迎え撃つための作戦が実行に移されたのだった。
 プランは、大きく分けてみっつ。
 まずは侵入者の発見と管理。
“上”からのルートを含むいくつかの大きな交通機関の要所に、各チームで分担した見張り番が立てられた。そして、それぞれがKTで情報をやりとりし、見かけない者、素振りの怪しい者をチェックする。その情報は逐一、チーム連合の“本部”――つまりリンゴーが機械や地図のセッティングをした部屋だ――に送られ、一本化される。
 ごく単純ながら、徹底するにはかなりの人手と統率力が必要になる作業ではあった。だが、どちらの問題も、チーム各々が元から備えている機動力をそのまま流用することで、あっさり解決できた。そして、情報の整理と分析も、各チームからピックアップされた幹部クラスの少年たちが、見事にこなした。
 その結果、意外にも、すでにかなりの人数のヤクザがエリアに入り込んでいたことがわかった。本部の壁に貼られたエリアの地図には、それこそ分刻みのペースで、ヤクザらしい人物の居場所が記されていった。
 次のプランは、目につく限りのICのリストアップと、自衛のための活用。
 リストは、ほとんどのチームが自分たちの居ついているテリトリーのデータをもっていたから、簡単にまとまった。
 そしてチーム員たちは、基本的にICが整備されている範囲だけで行動するように定められた。『目の届かない場所ではなにがあってもわからないが、目の届く場所ならやつらもおおっぴらには手を出せない』というのがその理由だ。
 もちろんそれには、不満の声もあがった。もともと、ICに記録されたら困る方法で生計を立てている少年たちだ。そこに確実にICがあるというだけで、不愉快にもなる。だがそれも、チームがそもそも備えている厳しいトップダウンシステムで徹底された。
 そしてもうひとつが、ヤクザの挑発と狩り出しだった。
 いかに兇悪な連中とはいえ、ひとりひとりは人間だ。突然カイジュウにヘンシンして飛びかかってくる、ということはない。危険さにも限度がある。けれど、だからといって直接に攻撃を仕掛けるのは、もちろん、愚かなことだ。
 ならば、どうやって狩り出すか。
 リンゴーは、チーム連合の本部へ集まる情報を基に見つけ出されたヤクザたちのひとりずつに、チーム員十人からなる尾行団をつけさせた。そして、普通の尾行が見つからないように行動するのとは違い、この尾行団はわざとヤクザに姿を晒して追い回すのだ。
 もちろんそれはICの範囲内に限ってのことだが、これが意外なほどの効果をあげた。
 どこへ行くにも、毒虫色の集団がぞろぞろついてくる……そのプレッシャーが、特に三下ヤクザを精神的に追い詰めた。中には、とっととキレて逆襲してくる者もあったが、それこそ思うつぼだ。なにしろICの監視範囲内なのだから、運が良ければ数分以内に司法局の番人――カーディナル・オーダー・パシフェイサー、通称C.O.P.――がやってくるし、そうでなかったとしてもKTでC.O.P.を呼べば済む。
 もちろん、少年団の何人かも参考人として局に引っ張られるが、なにしろICの記録がある。ヤクザが一方的に手出しをした、という結論にしかならない。
 結果、連合後のたった四日間に、以前からブロックに潜入していたり、あるいは新たにやってきたヤクザの、ざっと二十人ばかりは司法局に拘留され、三十人ほどは要注意人物としてマークされるということになった。
 もちろん、そう簡単に罠にハマるようなヤクザは、三下ばかりだ。挑発に乗らない、いわば格付きは依然、所在の確認がとれているにとどまる。それでもその居所は、常にチーム連合の監視下に置かれた。ヤクザの動向は、ほぼ完全に掌握できたのだ。

(続く)