かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

【Ringo the Wight/#2-05】

(承前)

「だから俺たちは、世間の連中にことさらに嫌われてる。厄病神扱いってところだな」
 話すヴィレンを、リンゴーはじっと見ている。その目の奥に、さっき病院でクラークに向けたのに似た、探るような色合いがある。
「……そういうことが、あったんだ……」
 ようやく得心がいった、という口調で、リクが呟いた。リンゴーが普段の目に戻り、頷く。
「だからね、連中にとってこの辺りは、現状は空白であり、またいつか必ず陥落させなきゃならない街だってことなんだよ。けれど、ジャキの影響が根強く残っているうちは、迂闊には手出しができなかった」
「なるほどね」
 リクは大きく数度頷いて、それからおもむろに「でも」と言った。
「でもなんで、それだけすごいことがあったのに、最近になって急にまたチーム同士が争い始めたりなんかしたんだろう? チーム同士が争ったりしなけりゃ、奴らだってつけいる隙がなかったはずなのに。ヴィレンだってそうだろ? 争いがなけりゃ、奴らの力を借りようなんて思わなかっただろ?」
 ヴィレンの顔に、はっきりと動揺の色が表れた。リンゴーはそれを目敏く見つけ、けれどむしろ無視して、リクを向き、言った。
「さあねえ。何事も、時が経ちゃ忘れられるってもんなんじゃないかね。第一、リクだって今の話は初耳だったろう」
「まあね」
「他にも、この話を知らないやつはいっぱいいるさ。そういうやつらが勝手に走り出したとしても、不思議じゃないよなあ」
「……ああ、そっか。それもそうだね」
「それに、アレだ。うん。これだけ街が大きくなれば、新興勢力ってのも出てくるわけだからね。そういう連中の中には、まったく過去から切り離されてるのも多いはずだよ」
 頷くリクを見て、ヴィレンがわずかに安心したような顔になった。
「……と、納得したところで」
 言いながらリンゴーが立ち上がった。
「行きますか」
 リクもヴィレンも、呆気にとられてリンゴーを見ている。ふたりとも見るからに『どこへ?』 と言いたそうな顔だ。そのふたりに向けて、リンゴーは言った。
「ヤクザのやつら、これで引き上げるわけもあるまいよね。だから、十二年前にジャキくんがしたように、いや今回はそれよりもガッチリと、チームを、一時的にでもまとめあげなきゃならんよねえ」
「ああ、そうですね。その必要があります」
「一応、俺ね、昨夜のうちに、旧いチームの方には手を回しといたのね。彼らには、ジャキくんの名前を出せば、すぐ通じたよ。もっとも、多少のやりとりはなくもなかったけどね」
 リクは思い出した。そういえば昨日リンゴーは、『その前にやっとかなきゃならないことがある』と言って出掛け、まる一昼夜、いや一夜昼、戻らなかったのだ。
(その間に、旧いチームを従わせてきた……のか?)
 なんて行動力。いや、いくら事情を知っていたとはいえ、無謀といってもいい仕業。
 なにしろ、室内にまでICはないのだ。無防備に彼らの溜まり場に入り込んだ日には、ボコられつまみ出されても仕方ないが。リクたちにしても、もし自分たちの溜まり場にリンゴーみたいなやつが入り込んできたら、容赦なく叩きのめし、道端に捨てるだろう……
(あ)
 でも、リンゴーは……違う、のか。
 ヤクザさえ射竦めた、あの冷徹な笑み。
 あれをもってすれば、たかが毒虫少年団の兵隊など、ひと睨みで萎縮させられるはずだ。
 自分たちは、今、どういうわけかリンゴーに気に入ってもらえていて――飯と寝床の義理なのかもしれないが――、味方、といえる立場にある。けれど敵に回したら、これほど怖い相手も、そうはいないはずだ。
 ナイフなど到底通用せず、装薬銃の弾丸をくらっても死なない男。
 そんな相手と、まともに喧嘩できるわけがない……。
「まだ完全じゃないが」
 リンゴーの言葉に、リクは我に返った。
「とにかく、旧いチームはだいたい、押さえた。あとはだから、新しいチームだね。そういうのを押さえるのは、キミたちの仕事だろ?」
 ヴィレンが無言で立ち上がった。行く、という顔になっている。リンゴーが言う。
「旧いチーム、とりあえず俺が把握した分では、ヴィレンたち以外に十七チームが現役だ。そのどのチームも、今頃はヴィレンを待ってるはずだよ。そういう約束にしといたからね。
 で、十七チームとヴィレンのチームが組めば、新しいチーム……こっちは、こないだ先からヴィレンに連合をもちかけてた二チームを含んで五チームだが、その説得は無理じゃないはずだ。いや、なんとしても説得しなくちゃいけない。
 ありもしない権力みたいなもの、ヤクザの下について得られる力なんてものは、幻だってこと。それを新しいチームの連中にも、わからせなきゃいけない」
 ヴィレンが頷く。その顔には、だいぶ精気が戻ってきている。
 いつものヴィレンの顔だ――リクは、頼もしさを感じた。
「まずは、とりあえず今だけでも、まとまらなきゃいけない。相手は組織だからね」
 リクは妙に胸が高鳴るのを感じて、その高鳴りのままにリンゴーに訊ねた。
「組織対組織の……戦争、に、なるの?」
 リンゴーの顔が、困ったように曇る。
「……ああ。本当はそういうの、避けたいんだけどね。最悪の場合の準備、ってのは、整えておいた方がいいってことだね」
「そうとわかったら!」
 リクは勢いよく立ち上がった。
「さっそく行こうぜ! やつらの自由にはさせない。俺たちは、俺たちの居場所を守らなきゃいけないんだ。
 世間の連中は、どうせ身を縮めてるだけだろうけど、俺たちは違う。十二年前にジャキが命懸けで守ってくれた俺たちの居場所を、俺たちはもう一度、守らなきゃ!」
 その剣幕に、リンゴーが「おいおい、あんまり気張り過ぎちゃいけない」とおどけた調子で言ったが、リクはもう聞く耳もたないという顔になっていた。

(続く)