かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

【Ringo the Wight/#2-07】

(承前)

「すげえぜリンゴー!」
 出会ってから十日めの朝。
 リクは、相変わらずリクの部屋に寝泊まりしているリンゴーに、半ば興奮気味に言った。
 いや、このところ数日、リクは興奮しっ放しといっていい。チームの連合を目指した最初の三日間には、まだ緊張しているようなところがあった。が、いざ連合を果たしたチームが一気に厳戒態勢を整えてからというもの、リクのテンションは日ごとに上がる一方なのだ。
 それもまあ、当然といえば当然ではある。
 今まではヴィレンの指導のもと、限られたテリトリー内での限られた生活しかしていなかったリクだ。それが急に垣根を取っ払われ、広い範囲を自由に行き来できるようになったのだ。自分自身が何倍にも大きくなったように思って興奮しても、不思議はない。
 その上、今までは互いに不干渉を保ってバラバラだった各チームが、ひとつにまとまっている。ただでさえそれは、強大な力を感じさせることだった。真っ当な少年であれば、その力は胸を躍らせるのに充分な要素だろう。しかもそれが、自らの敬うヴィレンが核となって進んでいるともなれば、嬉しさもひとしおというものだ。
 そしてヤクザは、確実に少しずつ、その行動を制限されつつある。作戦は順調に進んでいる――その確信に、まだ若い、いや幼いリクが舞い上がったとしても、誰にも文句はいえまい。誰にも……いや、ひとり、いた。リクに文句を言える者が、ここに。
「んぁ? なにがすごいのかな?」
 まだ寝ぼけ加減の目をしばたたかせ、朝食のテーブルにつきながらリンゴーが言った。
「だってすごいじゃん! たったの七日だぜ。その間に、俺たちがどれぐらいのことをしたと思ってんの? きっと今日もまた何人かのヤクザがチェック済みになる。俺たちは、俺たちの力で、俺たちの居場所を守ってるんだ。こんなにドキドキしたこと、俺、初めてだよ!」
 ふむ、とリンゴーは頷く。けれど、まるで嬉しそうな顔はしていない。
 その表情の物足りなさに、リクはさすがに少し静かになった。
「……なんか言いたいこと、あるわけ?」
 リクが訊ねると、リンゴーは「んん」とうなりながら、頬杖をついた。
「ねえリク。キミは本当に、事態がいい方へ進んでると思うのかい?」
 リクは黙り込んだ。
「リクたちが取りかかってから、確かにたったの七日だね。いや、今日で八日めになるか。でも、もう八日め、でもある」
「……焦れってぇな。言いたいこと言えよ」
「じゃあ、たとえば……リクはこの七日間、“商売”はしてるかい?」
「してるわけ、ねえじゃん。毎日ヴィレンといっしょに本部に詰めてんだしさ」
「他の者はどうかな?」
「そりゃ、ヤクザを追っかけて……あ」
 リンゴーが頷く。
「だろ? じゃあ今、チームの面々はどうやってメシ調達してるのかな」
「………」
「いつまでこんなことができると思う?」
「……でも、だけど……」
 リンゴーは首を横に振り、言った。
「この作戦はね、基本的には、十二年前にジャキくんがしたことを、とりあえずそのままになぞってるだけのものなんだよ。なにしろ急ぎだったからね。ヴィレンや、あと何人かの当時を知ってるリーダーたちの記憶をもとにしてるんだ。
 つまり、ヤクザたちにとっても、かつてのデータがある……対処の仕方がわかる程度の作戦だってことだよ。だから今のところ、若造や三下は律儀に引っ掛かってくれてるが、ちょっと知恵と肝のあるやつには通じてないだろ?」
「……ああ」
「このままじゃ、こっちはジリ貧なんだ。何か手を打たなきゃいけない。司法局だって、不審に思い始めているだろうしね。
 そう、司法局にちゃんとヤクザを排除できるのかどうか、ってことにも不安はあるよ。もしかすると、どこかで理屈が引っ繰り返されて、リクたちが追われ始めるかもしれない……そうさせられてしまうかも、しれない」
 リクは完全に黙り込んでしまった。ただキツい上目遣いで、リンゴーを睨みあげている。
「決して楽観できる状態じゃ、ないんだ。どんなに頑張っても、今のままじゃ、あと十日は保たない。いや、そうでなくとも、今日明日のうちには、ケリをつけなきゃならない……」
 リンゴーは瞳を曇らせ、視線を落とした。リクは、え、という表情でリンゴーを見た。
「……今、なんて言ったの? 今日明日のうちには、って言った? なんで?」
 リンゴーは答えない。ただ頬杖のまま、沈んだ目でそっぽを見ている。
「リンゴー……」
 リクの気持ちに、急に足場を失ったような不安が湧き上がった。同時に、ここしばらく忘れていたこと……リンゴーが、どうして自分たちにはこれほど優しくあってくれるのかという疑問が、突然、蘇った。
「……とにかくね、リク」
 目を逸らしたまま、リンゴーが言う。
「ヤクザをナメちゃいけない。今はこっちが、じわじわと連中の行動を追い詰めている。けれど、もし連中が本気で動き始めたら、こんなヌルいやり方じゃ、到底、追いつかない。決定打が必要なんだ」
「でもよぉ」
 心細さを打ち消すような、少し調子を荒らげた声を、リクは久しぶりに出した。
「だからって、俺たちに今以上、何ができるってんだよ? そうさ、確かにその通りさ。こんなヌルいやり方じゃ奴らを叩きのめすことはできないだろう。そして、叩きのめさなくっちゃ奴らだって出て行きゃしない。でも、だからって、俺たちに何ができるってんだよ?」
 リンゴーは「んん」と唸ったまま、目を閉じた。何かを考え込んでいる。
「……つまり……間に合うかどうか、の問題では、あるんだ……」
 ぼそり、とリンゴーが呟く。
「間に合う? 何がだよ」
「んんん……」
 その時だ。
「リク! リンゴーさん!!」
 けたたましく怒鳴りながら、部屋に飛び込んできた者があった。
 リクは素早く立ち上がり、後ろに飛び下がって身を低く構えた。そしてポケットに手を突っ込んでから相手が誰かを認め、ふう、と安堵の息を吐きだした。
 飛び込んできたのはリクの仲間、ヴィレンチームの昔からのメンバーだった。
「な、なんだよ、おどかすなよ。セトじゃんか。こんな朝っぱらから、なんだよ」
「やばいことになっちゃったんです! マジで! すぐ本部の方に来てください!」
「セトくん。いったい何があったの。わかるように話しておくれよ」
「エイミが……エイミが、攫われた!」
 リンゴーが椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、呻くように言った。
「な……んだって?」
 リクが叫ぶ。
「そんな莫迦なことがあるかッ! ICが見てる範囲でだけ動いてたら、そんなことになるわけないだろうがッ!」
 セトが、ただ立っているのももどかしいと言わんばかりに足踏みをしながら答える。
「だから! とにかくすぐ、本部に!」
 リンゴーが無言で、椅子の背に掛けてあったジャケットを取った。リクも壁のハンガーにぶら下がった上着を取る。
 三人は次の瞬間、外に駆け出ていた。

(続く)