かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

【Ringo the Wight/#3-02】

(承前)

 部屋にいた少年たちが一斉にリンゴーを見た。どの顔も『俺を』と言っている。
 それを充分に意識した上で、リンゴーは芝居がかっておおげさな口調で言った。
「なにしろ、敵の当面の本拠地に赴く、ってことになるんだからね。半端な気持ちで当たったら、まともな状態では帰って来られないかもしれないよ……」
 ぐるり、と周囲を見回して、リンゴーはさらに続ける。
「そういう状況に乗り込むってのは、ちょっとカッコいいかもしれない。けれど、少なくともキミたちには、ここで情報の管理をするっていう、充分にカッコいい“仕事”がある。それは後で自慢するだけの価値のある“仕事”だ。
 それだけに、ここでひょいっと外に出て大ケガでもしてきた日にゃ、むしろ短気の莫迦と後後まで笑いものにされちゃいそうだねえ」
 少年たちの顔に、揺らぎが浮かんだ。
「笑いものになってもいいってやつだけ、必要なんだが……チーフはどうかな」
 チーフは困った顔になり、首を横に振った。
「笑いものってのは、なあ。ちょっとなあ。嬉しかねえよなあ」
 少年たちはそのひとことにむしろ安心したように、ひとり、ふたりとリンゴーから視線を逸らした。リンゴーはわざとらしいほどに難しい顔になって、うーん、と唸ってみせる。
 けれどリクには、わかっていた。
(リンゴーは、みんなをふるいにかけてる。犠牲の可能性を減らしてるんだ)
 リンゴーは、大ケガ、と言った。けれど、それだけでは済まない可能性がある。エイミを救い出すためとはいえ、それは望まない、いや、決して起きてほしくはない事態だ。
 だから本当は、ごく近しい、本気でエイミのために働ける者だけが欲しい。本気の緊張感だけが、最悪の事態を退け得るだろうからだ。
 とはいえ、今の状況で行く意思を見せないことは、男気に欠ける。たとえこの場の勢いだけの意思だとしても、その意思を見せないことは、決してカッコいいことではない。
 その辺の気持ちを、リンゴーはよく知っていて、そして上手に操った。いや、少年たちが、わかっていて操られるように仕向けたのだ。
 けれど……。
(となったら、俺とリンゴーとヴィレンの三人だけで斬り込む、ってことになるか)
 恐ろしくは、ない。けれど、不安ではある。
 なにが?――エイミを救い出せないこと、だ。
 エイミを取り返すことができなかったら、意味がない。そしてそのためには、三人という少人数には、いささかならぬ不安が残る。
 あと何人かは、欲しい。四人か、三人か。いや、せめてあとふたりは……。
 けれど少年たちには、“笑いもの”の台詞がだいぶ効いてしまったようだ。もう誰も、行く、という顔をしていない。
 その時だ。部屋の玄関口の方が、急に騒がしくなった。玄関口をガードしている少年たちの、戸惑ったような声が聞こえてくる。「いやちょっと」「勘弁してくれよォ」「先生、待ってくれってば」……誰かが強引に中に入ろうとしているようだ。ガード少年たちは、それをなんとか止めようとしているらしい。けれどその甲斐もなく、あっという間に騒ぎは廊下を進み、作戦室の入口にまでやってきた。
「えぇい、離さんかこら! 邪魔だ、邪魔だってんだ小僧ども!」
 部屋の全員の視線が、声のする方向に集中した。
 そこには、でっぷりと肥えた腹を突き出し、すがりつく少年たちをものともせず撥ね退けながら部屋の中に押し入ろうとしている、髪の薄い二重顎の中年男がいた。
 肩からは、大きな鞄を下げている。その鞄の真ん中には、大きな赤十字マークが誇らしげに飾られている……が、よくよく見るとそれは、今し方間に合わせにテープを貼っただけのものらしい。
「……クワック先生」
 リクは呆然と呟いた。
 その声を聞きつけて、中年男――クラークが、こちらを見た。
 肉に埋もれた口が、にぃーっと笑う。
「よう! おまえら面白いことしてるようだな。なのに水臭ぇぞ、この俺を呼ばんとは!」
 リクが慌てて答える。
「いや……でも、怪我人が出たわけじゃなし……」
「出てからじゃ遅いとは思わんのかね? なにやらイザコザ起こして俺んとこに担ぎ込まれてきたやつらをシメて聞き出してみたら、おまえらどうやら、えらいことをおっ始めてるらしいじゃあないか!……ふむ、リクもリンゴーもいるところを見ると、どうやら俺はギリギリで出発に間に合ったようだな。討ち入りするなら、とにかく俺も連れてゆけ」
 ヴィレンが軽く手を振る。クラークにしがみついていた少年たちは、それを見て安心した顔になり、クラークから離れて持ち場へ戻って行った。
 やっと身軽になったクラークは、肩や首を揺らし、コキコキと慣らしながら言った。
「そもそもおまえらはだな、揃いも揃って、都合のいい時だけ頼りに来やがる。なのに一番おいしい場面じゃ、俺はいつだって蚊帳の外だ。そんなのは虫が良すぎるとは思わんかね? ええ? 俺にも愉しみってもんを、少しは分けてやってもバチは当たるまい?」
 リクは困った顔でリンゴーとヴィレンを見た。ヴィレンも困った顔でリンゴーを見る。
 リンゴーはふたりの視線に、うんうん、と頷いて、訊ねた。
「先生、莫迦な真似はお好きですかね? 墓碑銘には“後世に語られるべき伝説の莫迦”って刻まれて、通りすがりの犬にも、花の代わりに糞を供えられるような役柄なんですが」
 クラークは胸を反らし、ただでさえ大きな腹をいっそう前に突き出して答えた。
「おお、大好きだぞ。今までも俺の人生は莫迦だらけだった。だいたいが俺は、この街に来る前にゃ星連軍の軍医なんてのをやっとったのだ。莫迦以外の何者でもない」
 チーフが意外そうな顔をする。
「へ? クワック先生って、軍医だったの? それも星連軍なんかの? それってもしかして、すげえエリートなんじゃん?」
「なにがエリートなものか。加盟している星になにくれとなく世話を焼くのはいいが、時にはその星の統一政府よりも上の立場から内政干渉じみたことをやらかす。非加盟星にゃ『宇宙の秩序維持のため』とかのお題目を唱えて、加盟を迫っちゃ侵略戦争を仕掛ける。生きとるのは政府じゃなく人間だってことを忘れとる連中だ。そんなとこに十年近くも勤めとったんだ、莫迦莫迦しいったらありゃせんよ」
 クラークは言って、いかにも“呆れた”と言いたげな顔を見せてから、改めてリンゴーに向き直った。
「そういうわけで、俺は今さら言われなくともとっくに莫迦なのだ。それが伝説に伝えられるほどの笑いものになれるだと? けっこう、大いにけっこう! 是非ともなってやろう、いや、ならせていただこうじゃあないか」
 リンゴーは、その言葉が最初からわかっていたことのように肩を竦めると、言った。
「おっけー先生。じゃ、ちょっといっしょに莫迦をやりに行って、皆さんから笑われちゃってみましょうかね」
 クラークが、がっはっはと笑った。
「よいよい、実によい。そもそも俺はな、今まで隠していたが、ひとを笑わせることにかけちゃ一流でね。俺がその気になれば、笑わんやつはおらんのだ」
 少年たちの誰かが小声で「ホントかよ」と呟いた。クラークはぎょろりと目を動かし、部屋の中をぐるんと見回して、言った。
「ああ、本当だとも。知っとるジョークはどれも一級品だ。だが、それでもどうしても笑わないやつがいたら、その時は……」
 そして肩の鞄の中に手を突っ込み、がさごそと奥を堀じくり返して、小さなスプレー缶を取り出した。
「こいつをお見舞いしてやるのさ」
 チーフが「なんスか、それ」と訊ねる。
 クラークは嬉しそうに、目をやたらキラキラと輝かせて答えた。
「一二酸化窒素という化学物質だ」
 リンゴーが、いかにも呆れたという顔で突っ込む。
「一二酸化窒素、別名笑気ガスですか。古いがよく効く麻酔薬でしょう。それを吸わされた者は意識を失い、顔の筋肉を痙攣させて、笑ったような顔になる……」
「その通り。どうしても笑わないやつは、こいつで無理にでも笑ってもらうのだ」
「先生、そりゃあ反則だ」
 部屋中の少年たちが爆笑した。クラークは満足そうな顔で頷き、言った。
「いずれにせよ、荒事にゃ医者は必要だろう。少なくともリンゴー以外の連中には」
 リンゴーはリクを見る。リクは仕方なく頷いた。リンゴーはそれを確かめてから、言った。
「じゃ、行きますかね。リク、道案内はできるかな?」
 リクが「もちろん」と答えかけた時だ。
「……あの……」
 ひとり、椅子から立ち上がった少年がいた。

(続く)