かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

【Ringo the Wight/#3-01】

(承前)

「チーフ。ちょっと頼みたいことがあるんだけれど」
 本部の、作戦室と呼ばれている部屋――十数台のコンピュータと地図が据えられ、ヤクザの行動を逐一記録しては、各所に散った少年たちに指示を飛ばしている部屋――に戻ったリンゴーは、一番大きなディスプレイに向き合っている少年に声をかけた。
「あいよ。なに?」
 チーフと呼ばれた少年、口のきき方はなっちゃいないが、悪意があるわけではない。単に、ていねいな言葉遣いというものを知らないだけなのだ。無理もない、なにしろ彼は……彼らは、ほんの数日前まで、ただのストリートギャング小僧だったのだから。
「このディスプレイに、エリアの地図を表示してほしい。そうそう、それでいい。それから、今わかってるヤクザの居場所を……お、早いね。で、過去のデータを使って、そいつらの今までの移動実績ってのを表示してほしいんだ」
「了解」
 チーフは軽いタッチでキーボードを叩き、必要なデータやプログラムを呼び出す。リンゴーは背を丸め、ディスプレイを覗き込んでいる。その後ろには、リクとヴィレンが疑問符つきの顔で立っていた。リンゴーがなにを始めたのか、よくわからないという顔だ。
 チーフが、ディスプレイを見たまま言った。
「出るぜ。出るけど、全データを対象にしちゃったから、えらいことになるかもしれない」
 そして、リターンキーにぽんと触れた。
 途端に、ディスプレイに灯っていた百ほどもの光の点が、表示された地図の上を、すごい勢いで走り回り始めた。その軌跡はすべて地図上に残され、やがてディスプレイは線で埋め尽くされて、真っ白になってしまった。
 それをじっと見ていたリンゴーはニヤリと笑い、「そう、そう。こうでなくちゃ。データがこれぐらい揃ってなきゃ、始まらない」と呟いた。
 チーフはリンゴーを見上げ、次はどうする? と言いたげな顔をしている。リンゴーは頷いて、チーフに言った。
「いい感じだ。じゃあ、まずはそのうちで、累計の移動距離が百㎞を越えたものを消してくれないか。ああ、でも、一度の移動量が二十㎞以上のやつは残しといて。それから、司法局のマークがついてるやつも消してね。うん、それでいい。
 ……だいぶすっきりしたな。じゃあさらに、移動距離を五十㎞未満にしてみよう。よし、もう数えるほどじゃないか。その中で“上”との往来がないものを赤に、あるものを青に表示。そいつらだけでもう一度、行動の軌跡をゆっくり出してくれ」
 画面上に残った十数個の光点が、ゆっくりと移動する。個々の点は、互いに触れ合いながらエリア内を移動し、途中で何度も同じところを通過した。そこに光点はないが、いくつもの光点が集まっては散るせいで、逆に闇の点となり、ディスプレイにくっきり浮き上がって見えた。
 リンゴーは振り返り、リクとヴィレンを見て言った。
「……ここだね」
 目をぱちぱちさせながらリクが訊ねる。
「なにを……してたわけ?」
 ヴィレンは黙っているが、リクと同じ気分でいるらしい。ディスプレイとリンゴーを代わる代わる見ながら、小さく頷いてる。リンゴーは、ああ、と笑って、答えた。
「簡単なことだよ。どの世界でも、下っぱはパシリなんだ。移動量が多いやつほど格が落ちる、ってことさ。それに、下っぱは直属の上司と横並びの三下としか接触をもたないが、格が上がるほど多くの者に会う。だから……」
「そうか!」
 リクは納得した顔で頷き、ディスプレイ上の闇の点を指さした。
「ここに今、このエリアのボスがいるってこと!」
 リンゴーが頷いた。リクはディスプレイをじっくり覗き、言う。
「ここは……TTAブロックか。やっぱここいらじゃ一番偉そうなところじゃん」
「チーフ。そこいらのマップを拡大してみてくれないか」
「あいよ」
 チーフが軽やかにコマンドを入力すると地図は一気に拡大され、ブロックのビルひとつずつが判別できるほどになった。その画像を別ウインドーに取り分けて、チーフは、闇の点が収まったビルだけを3Dモードで拡大する。ビルの外観までがはっきりした。が、さすがにどのフロアのどの部屋であるかまでは、わからない。
 リンゴーを見上げて、チーフは言った。
「……と、まあ、今んとこはこんなもんが限界。外の“本屋”とアクセスしてりゃ、もっと細かいとこまで出せるんだけどね。ここの機械、外と繋がってねえから」
 リンゴーはチーフの肩を叩いた。
「いや、これで充分だ。ありがとう。……リク、ここからあのビルまではどれぐらいかな」
「んー……気車使ってざっと十五分、ってとこかな。一番短いアクセスは、と」
 リクはポケットからKTを取り出し、ナビシステムにアクセスしようとした。と、リンゴーが「おっと」と声を出し、それをとめた。
 リクは、なにをする、と言いたげな顔でリンゴーを見上げる。
「いや、KTは使わない。どこでどう監視されてるかわからないからね」
「どういうことだよ?」
「KTはセンチメータウェーブアクセスだろう。その気になれば、簡単に傍受できるんだ。発信・受信のやりとりで、持ち主の居場所も確定できる。ホストのデータがいじれれば、持ち主のプロフィールまでわかっちゃう。だから、これからちょっとしたことをやろうとしてる時には、KTはいけない。使うべきじゃないんだよ」
 リクは目を丸くして、リンゴーの顔と自分の手の中のKTを見比べた。
 チーフが「やっぱり!」と声をあげた。
「俺さ、リンゴーさんが持ってきたここの機械ども見て、えれぇ珍しいもん揃えたなあって思ってたんだよ。今時滅多に見つからない、古い、古〜い機械なんだ。
 見つけるのもホネだが、動くやつを見つけるのはもっと大変でね。俺も昔、こういうの探したけど、散々走り回った挙げ句にあきらめたぐらいさ。でも、欲しくてねえ。……なにしろこいつらには、すげえ取り柄があるからな。中に全部入ってて、外と繋げなくてもなんでも自分だけでできるんだ。いちいち本屋からスキル引っ張ってくる必要がないんだよ」
 リンゴーが感心したような声で言う。
「さすがチーフを勤めるだけあって、詳しいね。キミを推薦してくれたのは……そうだ、旧十七チームのリーダーのひとりだったな。コンピュータの扱いに慣れた者を、ってことで頼んだんだが、なるほど、キミは本当に慣れてるんだねえ」
 チーフはリンゴーの称賛に心底嬉しそうな顔になった。
「ここの機械は、外と繋げてねえ。だから外の本屋の、バリバリに新しいデータは使えねえ。それはかったるいけど、外と繋いでない以上は、ここの機械がなにやってるかは外からはそう簡単には探れない。つまりリンゴーさん、あんた、ヤクザにこっちのやることを見透かされないために、最初っからこんな機械をもってきてたんだな?」
 リンゴーが頷く。
「その通り。今の機械は確かに小さい、なにしろ“脳味噌”とメインメモリーしか入ってないようなもんだからね。でもその代わりに、何をするにも外に繋げなきゃならない。その時に、どんなプログラムを“呼んだ”か、どんなデータを拾ったかがわかれば、ここでなにをしているかってのは、バレバレになっちゃうわけだ」
「慣れてるねえ、リンゴーさんよ。あんた相当にヤバい橋渡ってきたんだろ? アシがつかねえヤリ方ってのが、マジよくわかってる」
 今度はチーフが感心した顔になる。リンゴーもニヤリと笑い返す。
 リクはそのやりとりを聞きながら、ん? と思っていた。
 KTはいけない……バレバレになる……アシがつかない方法……
(あ!)
 リクは思い出した。最初に会った時、リンゴーはKTも持たずに、紙の地図を見ながら街を歩き回っていた。それは、もしかしたら……。
(誰かに行動を監視されないようにしていた、居場所を知られないようにしていた……、ってことだったのか?)
 クラークの言った言葉が、突然、頭の隅に閃く。
『もし俺がでかい企業や学校の研究者だったりしたら、絶対やつを手放さねえぞ』
(……だから、個人のデータも全部管理されてる“上”には、リンゴーの居場所がない?)
 リクは改めてリンゴーを見上げた。けれどリンゴーはその視線を気にもせず、チーフとなにやら話し込んでいる。「“仕事”終わったら、これ俺にくれよ」「ああ、無事終わったらね」などとやりとりするふたりの間には、何百年にもなるだろう年齢の差も関係なさそうな、本当に無邪気な楽しさが行き交っているように見える。その姿には、居場所もなくさまよう者の陰は、まるで見えない。けれど、本当は……。
 やがて、適当なところでチーフとのやりとりを切り上げたリンゴーは、ディスプレイを覗き込みながら言った。
「とにかく、これでとりあえずの場所がわかった。そこにエイミがいるとは限らないけれど、そこにいるやつがエイミの居場所を知ってるのは確実だね。となれば、することはひとつ」
 リンゴーがリクを、しゃきんと振り向く。
「え、あ、その」
 急に目が合ってしまって、リクはうろたえた。視界の端に、ヴィレンが拳を突き出すのが見える。リンゴーがそれを見て頷いた。
「そういうこと。ただし、隠密でいくよ。行動も少人数がいい。俺とリク、ヴィレン……あとは……」
 リンゴーが腕組みをする。

(続く)