かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

【Ringo the Wight/#3-03】

(承前)

 細身で小柄、リクよりも齢は少し上なのだろうが、体格は華奢だ。恰好こそ一応は毒虫ながら、どうもひ弱な感じがする。
 リクたちにエイミ掠奪を報せにきた、セトだ。
「なんだい、セトくん」
 問い掛けるリンゴーに、セトは答えた。
「エイミを助けに行くんですよね?」
「もちろん、そうだよ」
「……俺も行きます」
 リクが目を剥いた。
「なに言ってんだよセト! おまえ、荒っぽいことは一番苦手で、だからここに詰めてコンピュータ番やってたんじゃねえか!」
「だから!」
 いきなりセトが出した大声に、リクは黙り込んだ。
 セトはリンゴーを真っ直ぐに見て、言った。
「なにかしなくちゃ、いられないんですっ。ただ見てるだけじゃ、落ちつかない……俺ももっと、役に立ちたい!……笑われても、かまいませんから!」
 リンゴーは頷いて答えた。
「よし。これで五人」
 リクはそれでも反駁しようとしたが、ヴィレンがそれを制した。
「充分ってほどでもないが、足りないって数でもないでしょ。五人。一丁、やってみようか」
 リンゴーは言うと、突然すたすたと出口に向かって歩き始めた。リク、ヴィレン、クラーク、セトの四人が慌てて後を追う。
 部屋の外の廊下を歩きながら、リンゴーが言った。
「俺たちの行動がバレちゃまずいから、気車は使わないよ。ターミナルには俺たちの仲間はもちろん、ヤクザたちもいるはずだからね。気車で十五分ってことは、歩けば二時間少々。急げばもう少し短縮できる。ああ、全員KTはスイッチオフにしておいてね」
 本部の入っているビルから出て、黒ずんだ道を歩く。セトが先に立ち、目指すブロックへの案内役を勤めている。五人分の、早く歯切れのいい足音だけが、壁から壁にこだまする。
 どの顔も、緊張感に満ちていた。恐れや怯えが微塵もない、強い意思に支えられた顔だ。
 リクは、自分の中になにか力強いものが積もってゆくのを感じていた。
 自分ひとりでは、到底、無理だろう。けれど、この仲間たちといっしょだったら、できる気がする。自分が何倍にもはたらける気がする。エイミを取り戻すことも、ヤクザを追い散らすことも、できそうな気がする……。
 一歩踏みだすごとに、その気持ちは高まってゆく。
 そうしていくつ目かの角を曲がった時、前に毒虫がふたり、立っているのが見えた。
(あれは……?)
 リクは目を凝らした。けれど、昼でも暗いこの道、向こうに立っている街灯が逆光になって、相手の姿がよく見えない。
 向こうからはこちらがよく見えているようだ。ふたりはリンゴーたちの姿を認めると、真っ直ぐにリンゴーたちと向き合い、道を塞いだ。
 もうほんの十mほどという距離まで近づいて、ようやくそれが何者なのかがわかり、リクは呟いた。
「……新興の親玉たちじゃん」
 ヤクザの影響下にあって、最後まで同盟を拒んだ二チームのリーダーたちだ。
「チームのウソ解散のあと、ほとぼりが醒めるまで身を隠してるんじゃなかったのかよ」
 吐き捨てるように言ったリクに呼応するように、セトがリンゴーに訊ねる。
「ここまできて、俺たちの邪魔をしようっていうんでしょうか」
 リンゴーは「さてね」と呟き、けれど歩くペースは少しも落とさずどんどん進んでゆく。
 リンゴーが目の前まで迫った時、ふたりは声をかけてきた。
「あんたが、リンゴーさん?」
「ああ。一応、そう名乗っている」
 立ち止まったリンゴーを、ふたりは値踏みする目で見た。
「急いでる。どいてほしい」
 リンゴーがうろたえもせず言い放つ。
 後ろの四人は、いつでも行動が興せるように身構えていた。
 それぞれに構え方はばらばらで、注視している方向も違う。だが、ひとつだけ共通していることがあった。それは、向かい合っている相手にわずかでも不審な動きがあったら、瞬時にそれを叩き潰す、という気迫だ。
 注視する方向の微妙な違いは、それぞれが互いを補い合っているということを意味している。そしてまたそれは、それぞれがいざ行動を興した時に飛びかかる先が違っている、ということでもある。打ち合わせをしたわけでもないのに、各々の役割、かちあうことのない配分というものが、すでにできあがっていた。
 リクは、そんな仲間たちをちらりと見て、胸の奥がむず痒くなるような昂揚を覚えた。
 この四人は、すでに仕上がっている。頼りないと思っていたセトさえも。
 きっと、いける……そんな確信が、リクの全身を熱くする。
 けれど正面のふたりは、射るような視線を浴びながら身構えもせず、むしろ無防備に突っ立っているだけだ。ただ、その全身からは、言いようのない緊張感が溢れていた。
「もう一度言う。道をあけてくれ」
 リンゴーが早口で言った。後ろ姿の、肩の辺りにわずかな苛立ちが見える。
 立ちふさがるふたりは、ちらりと互いの目を見合った。
(……くるか!?)
 リクはいっそう腰を落とし、どんな事態にも即応できる態勢を整えた。
 が、ふたりは、ごくりと唾を呑み込んで頷きあうなり、その場にがばっと土下座したのだ。
 身構えていた四人は、一瞬、呆気にとられた。ひとりリンゴーだけが微動だにせず、足下のふたりをじっと見おろしている。
 路地に額をすりつけるようにしながら、ひとりが言った。
「すまねえ! 今回のこと……俺らにでかい責任がある!」
 もうひとりが、後を継ぐ。
「謝って済むこっちゃねえ、それはわかってる。だから……どうか俺たちを、道案内役だけでもいいから、使ってやってくれ!」
「そう、案内役だけでもいいんだ! 俺たち、やつらの居場所がわかってる。部屋の中のこと、セキュリティのことも知ってる。きっと役に立てるから!」
 そしてふたりは、揃って顔をあげ、リンゴーを見上げて、言った。
「頼む、俺たちにもけじめをつけさせてくれ……そのチャンスを、くれ!」
 言って再び、地面に額を押しつけた。
 リクは、ふたりの行動に驚き、ただ呆然としていた。まるで予想もしなかった展開に、全身の力が一気に抜けてしまった。けれど、
(……いや、駄目だ。これも“手”かもしれないじゃあないか!)
 そう思い直して、再び指先にまで力を込めた。
 と、リンゴーが振り返り、リクを真っ直ぐに見た。
 優しい目を、している――その目で言っている。リクに、話しかけている。
(許す、ってのか? 俺にも、許せ、っていうのか?)
 でも……。
 その時、ヴィレンが後ろからリクの肩を叩いた。
 振り向くとヴィレンは構えを解いて、これも真っ直ぐにリクを見ていた。
 ぐるりを見回すと、セトもクラークももう構えを解き、同じ目でリクを見ている。
 わずかな迷いは、あった。けれど、リクの頭の中に、自分自身の言葉が蘇った。
『前のことなんかどうでもいいじゃん。これからすることが正しければ、それで帳消しになるって! そして今が、それをする時なんだ!』
(そうか……そうだな。そうなんだな。こいつらもきっと、そういう気持ちなんだ)
 リクは、ふう、と息を吐きだして、肩の力を抜いた。それを確かめて、リンゴーは、にかっと笑った。
 そしてリンゴーは、その場にしゃがみ込み、土下座のふたりに言った。
「邪魔だから、立ってくれ」
 ふたりが顔を上げた。泣きそうな顔だ。突っ張らかっているとはいえ、まだ十代。感情がストレートに表に出る頃合い、ということなのだろう。
「聞こえなかったか? そんなとこに座り込まれてちゃ、邪魔なんだ。だいたい、キミたちのすべきことは、地べたにキスするこっちゃなかろう? すべきは、まず立つことだ。そして、俺たちの先頭に立って歩くことだ。……わかったかい?」
 ふたりは顔を見合わせた。その表情が輝いているのが、はっきりとわかる。
「さて」
 リンゴーが立ち上がった。
「これで七人だ。いい数字になったね。じゃ、先を急ごうか」
 全員が頷いた。土下座のふたりは、跳ね上がるように立ち上がり、競い合って先を行く。
「でもさ、リンゴー」
 再び早い歩調で歩き出して、リクは訊ねた。
「あいつら、どうやって俺たちの行動を知ったんだ? もしKTとか使ってたら、目も当てらんねえじゃん?」
 リンゴーはちらりとリクを見た。口許に、キュッと笑みが浮かんでいる。
「当人たちに訊いてみようか?」
 リンゴーは言って、前のふたりに声をかけた。
「キミたち、どうやって俺たちの行動を知ったのかな?」
 ふたりは早足で歩きながら答えた。
「本部に拾ってもらったウチの若いのが、走ってきて、前後の事情を教えてくれた。俺たちも走って……行き先がTTAブロックなら、必ずここを通ると思って、待ってた」
「KTその他、使っちゃいないわけだね」
「もちろん。若いのが、その辺のこともしっかりと説明してくれた」
 リンゴーは、ほらね、といった顔でリクを見た。そして、言った。
「信じなくっちゃ」
「……信じる? リンゴーはやつらのこと、信じたのか? なぜ?」
「目を見りゃわかる。さっき『チャンスをくれ』って言った時の目だよ。
 あれは男の目だった。そしてそういう男は、ちゃちなミスはしないもんさ。そう、彼らは立派な“男”なんだ……彼らの部下たちもね。信じないわけには、いくまい?」
 リンゴーの言葉は、前を行くふたりにも聞こえたらしい。よほど嬉しかったのか、ふたりは顔を見合せ、笑った。
(あ)
 それを見て、リクは驚いた。
 きれいな笑顔、だ。
 ひとには、こんな風にきれいに笑える時も、あるのか。
(もし、許さなかったら……信じなかったら。リンゴーがその機会を、くれなかったら)
 大事なものに出会い損なっていたかもしれない。
 そう思った時リクは、ひどく恥ずかしい気分になった。

(続く)