かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

【Ringo the Wight/#3-11】

(承前)

「多分エイミは、このフロアにいる。片っ端からドアを開けて捜す」
 走りながらリンゴーが言う。
 巨体を揺らして後を追いながら、クラークが問い返す。
「なぜそう思うんだね?」
「フジマの口ぶりからすると、俺たちが現れたらすぐ全員を始末するつもりだったわけでしょう。なら、始末すべきものはまとめておいた方が便利じゃないですか」
「なるほど。だが、扉は多分、開けられねえぞ。どうやって中を見るってんだ」
「親分どもは部屋に閉じ込めたけれど、外との連絡はつくはず。きっと、すぐに兵隊どもが出て来ますよ……ほら来た!」
 すぐ前方の扉が開き、中から猟犬ヤクザが飛び出してきた。ひとり、ふたり……三人。固まって出て来た相手のひとりひとりにリンゴーは素早く目を走らせ、武装を確かめた。さすがにまだ銃を構えている者はいない。
「先生、これよろしく!」
 言ってリンゴーは、握っていたヒートレイをぽんと放り投げた。クラークが両手で、がっちり受け止める。
 次の瞬間、リンゴーは空を飛んでいた。走って得た勢いをそのままに、高々と飛び上がったのだ。
 リンゴーの長い手脚が、一旦体に引きつけられる。ボールのように丸くなったまま、リンゴーの体が猟犬ヤクザの群れに突っ込んでゆく。
「てぇいしょっ、とぉ!」
 相手にぶつかる寸前、奇妙な掛け声とともにリンゴーは四肢を一度に拡げ、伸ばした。
 猟犬ヤクザ三人の真ん中に、大の字になったリンゴーの体が飛び込む。
 それは決して、恰好いいとか勇ましいとかいえる姿ではなかった。むしろ不格好極まりない体当たりだった。けれどそれは、充分以上の成果をあげた。
 リンゴーの長い手脚は、ものの見事に猟犬たち全員に当たった。跳躍が高かったから、当たった場所もすべて胸より上だ。
 ひとりは、リンゴーの膝をもろに顎にくらい、そのままのけ反ってすっ倒れた。
 腕が肩に当たっただけの者も、走ってきたリンゴーの勢いに負け、大きく重心を崩してよろめいた。そこに、リンゴーの後ろから駆け込んでいったヴィレンが飛びかかった。
 こちらは見事な身のこなしで、足払いをかけながら相手の額を掴み、その後頭部を力任せに床へ叩きつけた。ごつっ、と重い音がした直後、そのヤクザは「んがふ」と聞こえる呻きを漏らし、四肢をがくがくと痙攣させながら泡を吹いた。
 リクも負けてはいない。一度は倒れながらもすぐ立ち上がろうとしていたひとりの、起こしかけた額の真ん中に爪先で蹴りを入れる。これが見事に決まり、吹っ飛んだそいつはやはり後頭部を床にぶつけて、「ぐむ」と唸って、そのまま動かなくなった。
 床に転がったリンゴーが、立ち上がりながら言う。
「駄目だよォ、あんまりいじめちゃあ。……さあ、まずはこの部屋!」
 四人は、今し方ヤクザたちが出てきた部屋に飛び込んだ。セトは飛び込まず、扉を確保したまま外の様子を窺っている。
「違う、ここじゃない。ここにはいない!」
 すぐに四人は部屋を飛び出し、再び廊下を走った。と、廊下の左右の扉が次々と開き、猟犬ヤクザたちが一気に飛びだしてきた。その数、まとめて十数人。さすがに今度は、体当たりで意表を突くわけにもいかない。
「先生!」
 リンゴーが立ち止まり、叫ぶ。同時にクラークは「おう!」と答え、さっき渡されたヒートレイをリンゴーに投げ返した。
 受け取ったリンゴーは腰を落とし、両手でがっちりと銃を構える。その姿勢は思いがけずさまになっていた。必要があれば容赦なく、戸惑いもせず撃つ……そんな気迫、冷たい凄味が迸り出ている構え方だ。
 銃口を向けられたヤクザたちが、一瞬、怯む。そのヤクザたちを、リンゴーは、腹の底から押し出すような声で怒鳴りつけた。
「こらァ、三一(さんぴん)どもォ!」
 ヤクザたちの足が、床に貼りついたように止まった。
「くたばりてえヤツから来いッ。脳みそなり心臓なり、お好きなところをこんがり焼いてやるぜぇ!」
 ヤクザたちが凍りついた。さすがに自分が死ぬのは厭であるらしい。
 とはいえ、上から命じられた任務も放棄するわけにはいかないのだろう。後ろにいたひとりが、右腕をこっそりと腰の後ろに回そうとした。
 それは、ほんのわずかな、肘から下だけを揺らすような動作だった。
 けれどリンゴーは、それを見逃さなかった。
「はい! 一番手決定!」
 そう叫ぶなり銃を振り向け、引き金を引いた。ブン、と銃が唸り、光を吐き散らす。
「ぎゃあっ」
 悲鳴をあげて、そいつが引っ繰り返った。
 左手で右肩を押さえている。傷口から血は流れ出ず、代わりにいやなにおいの白煙が立ちのぼる。肩にはざっくり穴が開き、力を失くしてだらりと垂れた右手からは、カランと軽い音を立ててスローイングナイフが落ちた。
「お熱いのはお気に召したかい? さあ、次はどいつだ! それとも面倒くせぇからまとめて四、五人、片ぁつけてやろうか? この銃、重なってる奴は一気に抜ける。今は狙ったから肩で済んだが、重ね斬りする時ゃ細かいこたぁできねえ。どこに当たるか、わかんねえぜっ」
 怒鳴る声に、感情の揺れがない。たった今人を撃ったということに、なにひとつ感慨を抱いていないという声だ。銃口よりもその声が、ヤクザたちを竦ませた。
「よぉし、おとなしくなったな。いい子だ。そのまま全員、壁に向かえ。両手を上げて、壁につけろ。……それでいい。先生、先生?」
「なんだ」
「こいつら、先生の得意技で笑わせてやってください」
「よしきた」
「手早く頼みますよ。……おぉっと動くな! お前らは今、一列に並んでる。ヒートレイが狙ってるのを忘れるな。誰かひとりが下手を打ったら、全員まとめて脳みそウェルダンだっ」
 クラークが鞄からボンベを取り出しながら言う。
「さあ、ごめんよ。ちょっといい気分に飛んでもらうからな。ただ、なにぶん、こういう状況だ。量の細かい調整が利かない。悪酔いする者も出るだろうが、まあ安い酒でも飲んだと思って我慢してくれ」
 そして端から、ヤクザたちの鼻先に、ほんの二、三吹きずつガスを浴びせてゆく。
「ちゃんと深呼吸するんだぜ、ヒートレイが狙っているのを忘れるな」
 リンゴーが命令する。
 ガスの効果は絶大だった。吸った者から、ぐちゃぐちゃっと溶けるようにその場に倒れてゆく。それはまるで、全身の筋肉が一瞬で消え失せてしまったかのような倒れ方だった。顔は本部でのリンゴーの説明通り、笑うようにひくひくと痙っている。倒れ方も表情も、意識のある人間にはとうてい真似できないだろう類のものだった。
 あっという間に、廊下は気を失ったヤクザで埋まっていった。最後のひとりにクラークがガスを吸わせようとした時、リンゴーが「ちょっと待って」と止めた。
「鍵」
 それだけ言って、リンゴーは左手をぐっと前に突き出した。
 ヤクザはさすがに躊躇する。
「断っても構わないんだがね。その時は、気を失ってもらってからポケットを探るだけだ。ああ、自分で出さなくてもいい。どこにあるか言ってくれりゃ、俺が出す」
 たたみかけるリンゴーに、迫力負けしたといったところだろうか。ヤクザはぼそりと「左の内ポケット」と呟いた。
 リンゴーは頷き、ヤクザの懐に手を突っ込んだ。薄く小さなカードが一枚、抜き出される。リンゴーはそれを確かめ、ほう、と感心したような声をあげた。
「さっきは三一なんて言って悪かったね。これ、このフロアの部屋全部に使えるマスターキーじゃないか。あんた実は、幹部クラスだったんだな」
 ヤクザはただ押し黙ったままだ。リンゴーはでも、にっこりと笑い、言った。
「じゃ、よい夢を!」
 同時にクラークがガスを吹きつけ、ヤクザはぐにゃりとその場にくずおれた。

(続く)