かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

【Ringo the Wight/#4-05】

(承前)

「……すげぇ」
 リクは呆然と見ていた。
 ヴィレンが喧嘩に強いのは知っている。今までに何度も、キレたカモに絡まれるのを見た。ヴィレンはそんな時、たいがい一撃で相手を沈めてきた。けれど、これだけの大人数を相手に立ち回るのを見たのは初めてだった。ガスで半ば酔っているとはいえ、相手は刃を握っているのだ。それをものともせず、これだけ鮮やかに決めた。まるで舞うように、澱みなく、一瞬で六人を片づけた――。
 呆然の奥から熱が湧き出し、リクを焙った。その熱が言葉に変わって、喉から迸り出た。
「すげえよヴィレン! やっぱすげえ、俺のリーダーだ!」
 ヴィレンが振り返る。けれどヴィレンは、にこりともせず、勝利のサインも返さない。わずかに落ちついてはいるが、相変わらず怒りの表情のままだ。
「おいおいヴィレン、無茶は勘弁してくれ。ないはずの寿命が縮む」
 リンゴーが言って、ゆっくり前に歩き出した。ガスはもうすっかり散って、周囲にはほとんど残っていないようだ。
 歩きながらリンゴーは、床の上に転がったヤクザを鋭い目でチェックした。全部で十一人いる。リクは扉から離れないまま倒れた者たちの顔を見て、言った。
「……そいつら、ビルの入口を固めてた奴らだね」
 そうだ、この顔には見覚えがある。ガラスの扉の前にずらりと並び、睨みを利かせていた連中だ。すると今、ビルの前はがら空きということになるのだろうか。いくらなんでも、そんなに不用心でいいのか?……敵のことながら気になってしまう。
「ふーむ……」
 リンゴーが唸りながらしゃがみ込み、倒れているひとりの襟首を掴んで持ち上げた。ヴィレンが五番目に片づけた相手、四人目の後頭部を顔の真正面で受け止めた奴だ。
「う、う、う……」
 持ち上げられて、呻く。カウンターで食らいはしたものの、仲間の頭突きは決定打にはなっていなかったようだ。ヴィレンが気づき、大股で歩み寄ってくる。それをリンゴーは制して、持ち上げたヤクザを、掴んだままの襟首で壁に押しつけた。
「よう旦那。ご機嫌は如何だい?」
 ヤクザが顔を歪めてリンゴーを睨みつけるが、リンゴーは一向に気にしない。
「ベーターの中で俺たちの出方を窺ったまではよかったが、その後の判断にゃ失敗したねえ。俺たちゃ一般市民だよ。そうそうヤバいもんを持ってるわけ、ないじゃないか。ちょっと用心し過ぎだよ」
「……抜かしやがれ。あんなまぎらわしいもんで引っ掛けやがって。わかってんだぜ、てめぇらがどえらく危ねえ連中だってのはよ」
 リンゴーはその言葉に、“?”という表情になった。
「……まあ、それはそれとして。ちょっと訊きたいことがあるんだ、答えてくれるよね?」
 言いながらヒートレイの冷たい銃口を首筋に押しつける。ヤクザの顔がいっそう歪む。
 返事を待たず、リンゴーは問い掛けた。
「ずいぶんと上がってくるのに時間がかかったようだが、なにかあったのかな」
 ヤクザは黙っていたが、すぐそばまで来ていたヴィレンの軽い拳を横腹に食らい、うう、と呻いて、言った。
「……時間なんぞかかっちゃいねえ。イダの兄ぃに呼ばれて、すぐ来たんだ」
 リンゴーは眉根を寄せ、「ふむ」と呟いた。ヤクザは、壁にぐいぐいと押しつけられる苦しさに呻き声を漏らしながら、それでもリンゴーを睨み、毒づく。
「うう……てめえら……よくも若様を。このままじゃ絶対、済まさねえからな」
「若様を? なんだそりゃ」
「バッくれるんじゃねえよ!……俺たちは不意討ちをくらったが、後からも来るぜ。いや、今日が過ぎても、てめえらは逃がさねえ。どこまで逃げても、フジマの者がとことん追い詰めて、必ずケツを拭かせてやるからな!」
 リンゴーはそこまで聞くと、無言でヒートレイの銃把を振るい、ヤクザの首筋を殴った。ヤクザはぐったりとなり、昏倒した。それを見下ろしながら、リンゴーは呟いた。
「……なるほどね。そういう仕組みか」
 リンゴーとヴィレンが、扉の前に戻って来る。リクは首を傾げて訊ねた。
「若様を、って、どういうこと?」
 リンゴーが難しい表情をして言う。
「どうやら俺たちは、思いがけない方向からハメられつつあるらしいね」
 ヴィレンが頷き、後を継ぐ。
「つまり……」
 いつもの声に、戻っている。あれだけの大立ち回りの直後なのに、息もまるで乱れていない。リクはわずかに安心して、ヴィレンの口許を見た。
「イダがなにか画策してる……イダがフジマを始末した、ってことでしょうね」
「えぇッ!?」
 リクが驚愕の声をあげる。
「そんな!……だって、イダってフジマの一の部下なんじゃないの? あんな近くにいてさ、案内役まで預かってさ!」
 ヴィレンは背後への注意を切らさないまま、吐き棄てた。
「自分がのし上がるためなら、ボスだって排除するってわけだ。さすがはカス野郎だな」
 リンゴーが頷く。リクは今ひとつ納得できないものの、今し方の勝利の理由は――エレベーターの中にいた連中の極端な慎重さ、そしてガスボンベひとつへの過剰なまでの反応の理由は、おおよそ理解した。イダになにかを吹き込まれていたのに違いない。
 リンゴーはヒートレイのエナジー残量ゲージを覗き込みながら言った。
「うーん……こりゃ頼りないねえ。あと一隊も押し寄せてきたら、もう足りない。そして、一隊で片がつくもんなのかどうか。……おや」
 リンゴーが首をひねり、瞼を閉じた。耳を澄ませ、音に神経を集中させている。
「……このフロアには、エレベーターが一基しかなかったよね」
 呟くリンゴーに、リクが「うん」と答える。
「一番下に並んだベーターは、あと四基ぐらいあったか。でも、ここに直通してるのは一基だけ、ってわけだよね。つまりはそれもセキュリティのうち、一度に何人もが本丸に押し寄せては来られないように、ってことだったんだろうが……自分たちが慌てて駆けつけたい時にも、けっこうな足枷になるってわけだ」
「どういうこと?」
「ボスがやられた、って聞いても、全員が一度にベーターで上がることができない。残りはベーターで行けるとこまで行って、それから……」
 リクが叫ぶ。
「階段!」
 リンゴーがばちっと目を開いた。
「マズッた! 逃げ道がなくなっちまう!」
 三人は扉を開いた。下の方から、階段を蹴飛ばし駆け登る足音が響いてくる。
「何階から昇ってきてるのかわからんが、とにかく奴らを上に行かせるわけにゃいかない。俺たちが逃げる道を失うわけにもいかない。リク! ヴィレン!」
 言われるまでもなく、ふたりは非常階段の部屋に躍り込んでいた。
「上りながら蹴落とすしかないね。難しいが、頑張りどころだ」
 言ってリンゴーが、三段ずつは飛ばしながら階段を駆け上がり始める。リクとヴィレンも続く。響いてくる足音は、あっという間に近づいてきていた。

(続く)