かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

【Ringo the Wight/#4-04】

(承前)

「……おまえ、正気か? こんなところで私を殺したら、自分がやりましたと触れて回るようなものだぞ。となれば、おまえの言うところの旧態依然とした組は、おまえをとことん追いかけ始末するだろう。それがこの世界の、昔からの掟だからな。そうなった日にはおまえ、組の乗っ取りどころではなくなるはずだ」
「いいえ、そんなことはありませんよ。ご存知ないようですが……もっとも、ご存知なくなるように私が動いたからですが、この星に伴ってきた幹部の八割方は、私の手の中です」
「なんだと!」
「現にこの部屋を固めていたふたりも……」
 イダがすべてを言い終える前に、さっきリクとヴィレンに殴り倒されたはずのふたりが、ぱたぱたと服を叩きながら立ち上がった。
 ひとりが言う。
「イダさん。まったくいつになったら俺たちのことを言ってくれるのかと待ってましたよ。気を失って聞こえていないふりをするっていうのも、そう楽なもんじゃありません」
 イダが振り向きもせずに答える。
「済まなかったな。奴らの拳、意外に効いただろう。手出しをするなという言いつけ、よく守ってくれた」
「ええ。奴らには逃げてもらわなきゃならなかったわけですからね。小僧にしちゃあ腰の入ったいいパンチでしたから、久々に本気でやり合いたいとも思ったんですが」
 フジマがごくりと唾を飲み込んだ。空元気の笑みは、すっかり消えていた。
「そういうことです。末端の者はまだなにも知りませんが、ここに乗り込んできた奴らが若様を殺し、逃げたと言ってやれば、誰もがその首を挙げた者こそ次代を継ぐに相応しいと考えることでしょう。なにしろ組の連中、末端はもちろん私が手を回していない幹部どもの頭の中身は、旧態依然ですからね」
 フジマの額に、脂汗がどっと噴き出した。
「では若様。長らくお世話になりました。今となっては、遠く地球で病の床に就かれている先代が、もうお亡くなりになっていることを願うばかりです。若様に逆縁の不孝を犯させるのは、私の本意とはしないところですので」
「……この下司野郎!」
 フジマが叫び、机を飛び越えてイダに掴みかかろうとした時、イダの手の中の銃が吠え、轟音とともに炎を吐き散らした。
 銃を握ったイダの腕が、強烈な反動に弾かれて、高々と跳ね上がる。
 フジマの体が、弾丸よりも轟音に殴りつけられたかのように、後ろへ吹き飛んだ。
 瞬間、背後の壁に、フジマの体よりも大きな血飛沫の花がパッと咲き誇った。そして、後を追ってその真ん中へ、フジマの体が、というよりは中央に巨大な穴を開けられた体の残骸が、吸い寄せられるように飛び込んだ。
 フジマの体は、一旦大の字になって壁に貼りついてから、ずるずると床に崩れ落ちた。その顔は、憤怒の形相のまま凍りついていた。
「ふむ……」
 イダが、フジマの屍には目もくれず、手のなかの銃をじっと見る。
「これはすごい。音といい反動といい火薬のにおいといい酷いものだが、威力は絶大だ。こいつであればあの死に損ないも、さすがにニヤニヤ笑ってはいられないだろう」
 誰にともなく呟いてから、イダは再びその銃を懐に戻した。代わりに上着のポケットから小さななにかを取り出し、背後に控えるふたりの子飼いに目配せをする。ふたりはすぐに身を翻し、部屋の隅に身を潜めた。
 イダもまたフジマの机から遠く離れ、扉のすぐ前にまで退いて、手の中の物をフジマの残骸目掛けて投げ、身を伏せた。
 目を眩ませるほどの閃光がひらめき、部屋全体を揺るがして大きな爆発音が響いた。
 フジマの残骸が、椅子とともに粉々に飛び散る。大きな机は半分がたが吹き飛ばされたが、残り半分がバリケードの役目を果たして、爆風をある程度押さえ込んだ。
 部屋の揺れが治まった時、イダは埃だらけになって立ち上がった。飛んできた肉片も、肩や髪を汚している。
 そのままイダは上着の内ポケットからKTを取り出し、開放音声回線に繋いだ。そしてマイクに口を寄せ、淡々とした声で言った。
「イダだ。身動きのとれる組員、全員に告ぐ。若様が殺された。やったのはビルに乗り込んできたTTエリア下層のゴミどもだ。始末をつけろ、組の名にかけてな。これは私の命令ではない。喪われた若様の、そして世嗣を亡くされた先代の意思であり、この世界の掟に基づくものだ――やられたら、やり返せ。なお連中は爆薬で武装している。気をつけるように」
 KTを内ポケットに収めたイダに、子飼いのひとりが近づいてきて煙草を差し出した。もうひとりは扉に取りつき、壊された電子錠に非常時用のマザーキーを差し込んで、パスワードを打ち込んでいる。扉が開くのには、まだ数分はかかりそうだ。
 煙草のひとりが訊ねた。
「さて、イダさん。いや、新組長と言いましょうか。我々はこれから、どうします?」
 煙草を咥え、差し出された火を吸いつけながら、イダが答える。
「まずはシャワーだな」
「よろしいんですか、そんなにのんびり構えていて」
「大丈夫。どうせ末端の連中には、奴は倒せない。不死身を見て腰を抜かすのがせいぜいだろう。私たちはゆっくりと“上”へ向かえばいい。どうせ奴らの行き先など、すぐわかる」
 ふう、と煙を吹き出すイダの顔にもう笑みはなく、ただ淡い白さだけが残っていた。

 エレベーターが昇ってくる。上行を示す階数表示の黄色い数字が、どんどん増えている。あれが白くなったら、箱がこの階に到着したということだ。
「さて……」
 リンゴーとリク、ヴィレンの三人は、非常階段の扉を背にして立ったまま、十mほど向こうの右の壁にあるエレベーターの扉を見ていた。リンゴーが、ズボンのウエストに押し込んだヒートレイを撫でながら、誰にともなく言う。
「どういう仕掛けで出てくるもんかね。
 昔の映画だと、扉が開いた途端に短機関銃が派手に火を吹くんだ。タカタカタカッ、て軽い音を立ててね。その音が似てるからって、当時の短機関銃は“シカゴ・タイプライター”って呼ばれたんだそうだ。シカゴってのは、大昔のワルどもの巣窟だった街、らしい。俺もさすがにその頃にゃあ生まれていなかったから、映画で観ただけなんだけどね。そう、映画が好きだった……あの暗い広い場所で、ぽつんとひとりで映画を観るのが好きだったんだ」
 リクもヴィレンも、ぽかんとした顔をしている。
「……ああ、ごめんよふたりとも。キミらには短機関銃だのタイプライターだの映画だのって、ほとんど暗号みたいなもんだよねえ。すまない、なんとなく思い出が湧いて出てきた。珍しいことだ、どうしたんだろうな。
 ともあれ、ベーターの連中だ。ヒートレイでくるかな? それとも、この狭い廊下のことだ。銃は使わず、刃で攻めてくるかな?」
 ヴィレンは相変わらず黙り込んだまま、ただエレベーターの方を凝視している。リクもまた、首を横に振って“わからない”といいたげな顔を見せるだけだ。
「……ま」
 リンゴーが腕時計を見て、言う。
「今から十八分だ。十八分を持ちこたえれば、それでいい。それだけあれば、“上”に行った三人は大丈夫になる」
「十八分?」
 リクが訊き返す。
「うん、十八分だ。敵に、別ルートで“上”へ直接向かう連中がいなければ、その時にはすっかりOKになってるはずなんだ。そこでリクに頼みたいことがあるんだけど」
 話している間にもエレベーターは近づいてくる。わずかにリンゴーが早口になる。
「扉を確保しといてほしい。いつでも俺たちが逃げられるようにね。そして、十八分経ったら……いや、もうあと十七分弱だな。とにかくその時が来たら、教えてほしいんだ」
 リクは少し苛立った声で訊き返す。
「なんだよ? じゃあ俺には、闘わないで扉の前で見てろって言うのかよ。ここまできて、それはねえんじゃん?」
「大丈夫、出番はまだまだある。とにかく頼んだからね。あと十六分だ。正確に頼むよ!」
 リンゴーが言い終えると同時に、ぶぅん、と音がして、エレベーターが止まった。ずずず、と扉の開く音がする。けれど中からは、誰も出てこない。銃弾や熱線の嵐も、出てはこない。こちら側からは角度が悪く、箱の中は覗けないから、ようすを窺うこともできない。
 向こうもこちらも、ひと息走れば届く距離なのに、一切のやりとりがない――それは不気味なほど静かな一瞬だった。
 リンゴーはその一瞬に、なにかを読み取ったらしい。ポケットから、さっきクラークにもらったボンベを取り出すと、それをエレベーターの方向へと転がした。
 カラカラと乾いた小さな音を立てて、ボンベが床を転がってゆく。
 途端にエレベーターの中から、十人を越える黒服たちが一斉に飛びだしてきた。
「ようこそ!」
 言うなりリンゴーが、すでに構えていたヒートレイで、ボンベを狙い撃った。
 その射撃は、驚くほど正確だった。転がるボンベの端を、熱線は真っ直ぐに射抜いた。同時に中に詰まっていたガスが、爆発を思わせる勢いで周囲に噴出した。
 残量が少なかったのか、それとも一度に広くガスが拡散したからなのか、さっきほどに劇的な威力はなかった。ボンベのごく近くにいた者がそのままぐずぐずと崩れ伏した程度だ。半分以上は、多少足元をふらつかせながらも向かってくる。
「てめえらっ……!」
「この野郎……」
 わずかに呂律の回らなくなった口調で、ヤクザたちが吠えようとする。けれど、ガスを用心してか大きく息を吸い込もうとしないから、今ひとつ迫力がない。
 けれどその手には、短刀が握られている。迂闊に近寄りたくはない相手といえる。
 と、
「あっ、ちょっと待てっ」
 リンゴーが制止の声をあげた。ヴィレンが、ヤクザたちの前に飛び出したのだ。
 まるで稲妻のような素早さ、鋭さだった。
 エレベーターまでの距離を一気に駆け抜け、ヴィレンがヤクザたちに躍りかかった。
 立って刃を握っているヤクザが六人。そのうち、先頭にいたひとりの鳩尾に、ヴィレンはまず拳をめり込ませた。
 刃を振り上げる間もなく一撃を食らったヤクザは、ぐぅ、とひと声呻いて、膝から崩れかけた。その体をヴィレンは肩で受け止め、同時に腰を落とす。そして、曲げた膝を伸び上がらせる勢いを使い、突き飛ばした。完全に宙を浮いて吹っ飛んだその体は、後ろにいた五人を次々と引っ掛け、足元を揺らがせた。
 仲間をぶつけられて倒れかけていたふたりめの横腹を、斜めに振り下ろした腕で痛打。前に俯き、転がろうとしたその額に、膝蹴りを一発。
 立ち直りかけていた三人めの横にするりと入り込み、相手のふくらはぎの真裏に自分の脚を伸ばして、体をかがめながら襟首を掴む。そのまま引きずり倒し、尻餅をついた相手の顔の正面を、腰の横から繰り出した拳で痛撃。
 どうにか反撃にかかった四人めは、けれどすでにガスがまわりかけていて自ら足をもつれさせ、よろめいた。ヴィレンはその隙を見逃さず、脚を思い切り振り上げて顎を蹴る。撥ね飛んだその体が五人目に当たり、勢いのついた頭が五人目の鼻っ柱を直撃。五人目は両手で顔を押さえて素っ倒れた。
「てめぇ!」
 さすがに態勢を立て直す余裕のあった六人めは、大きく腕を回して刃をヴィレンに振り下ろした。けれど今ひとつ腰が決まっていない。ひょい、と身をかがめたヴィレンに易々と交わされ、隙だらけになった背中の側に回られてしまう。
「外道が!」
 ヴィレンは叫び、ヤクザの背中目掛けて、組んだ両手を思い切り振り当てた。六人めはそのまま二mも飛ばされ、廊下の床に大の字に転がって、ぴくりとも動かなくなった。

(続く)