かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

魔少女・由衣 闇狩り【#1】誕生−08

(承前)

 朝が訪れていた。
 由衣は、背中にゴツゴツした感触を覚えて、目を覚ました。
(あれ? ここ……森の中? 私、なんでこんなところにいるんだろう)
 最初に見えたのは、木々の葉の隙間から見える細切れの青空だった。どうやら由衣は、木にもたれ掛かって眠り込んでいたらしい。
 由衣は、しばらく空を呆然と眺めた後で、ようやく思い出した。
(あ、そうだ……。私、ひどい目に遭って、それで、復讐しようと思って悪魔を呼び出しそうとして……そしたら、舞唯が現れて……あれ、夢だったのかしら?)
 由衣は、辺りを見回そうと上体を起こして、視点が異様に高いことに気づいた。そして、投げ出された足の向こうを見た時、気が遠くなりかけた。
 そこには、一面に血が飛び散っていた。赤黒い幾つもの肉塊と、奇妙に白くてかてかと光るものが、転がっていた。
 そして、青白く色の抜けた自分自身の頭が、それだけは無傷で、草の上にあった。
(夢、じゃ……ない!!)
 由衣は、自分の手足を見た。
 それは、昨日までの少女のものではなかった。舞唯が変化した、あの醜悪な悪魔の姿だった。
 由衣は、醜い巨体をぐらぐらと揺すりながら立ち上がった。そして、緑の草の上に、まるで飾り置かれたようにまっすぐに由衣を向いて落ちている、自分自身の生首に歩み寄った。
 由衣はしゃがみ込み、手を伸ばして、それを両手にそっと挟んだ。目の高さにそれを持ち上げ、見つめた。
 血の気は当然のごとく失せ、すっかり白くなった肌は、まるで造り物のように透き通っている。閉じられた瞼を飾る睫毛は、あくまでも黒く、長く、十七歳の少女の美貌を際立たせている。やはり血を失って色は抜けていたが、ふっくらとした唇も、産毛に覆われた小さな耳朶も、哀しいまでに愛らしく、可憐だった。
 それを眺めているうち、空白だった由衣の心が、激しく揺れ始めた。
「う……」
 感情が喉から溢れて、声になった。だが、漏れた声もまた、少女のものではなかった。
 それは、まるで廃屋の扉が軋むような、耳障りで不愉快な“音”でしかなかった。
 その“音”を聞いた時、由衣は、自分が自分でなくなってしまったことを……悪魔の肉体を乗っ取り、悪魔になり替わってしまったことを、実感した。
「あ……」
 由衣は、その巨体をがくがくと震わせて、喉奥から絶叫を絞り出した。
「うわああああああ───ッ!!」
 自らの生首を抱きしめ、由衣は、草の上に跪いて、号泣した。
 その大きな咆哮に驚いた森の鳥たちが、羽音も高く由衣の周囲から飛び離れていった。
 思考はかたちをなさなかった。ただ、純粋な悲しみだけが彼女を支配していた。その悲しみに突き動かされて、由衣はひたすら泣き続けた。

(続く)