かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

魔少女・由衣 闇狩り【#5】追う者たち〔2〕-03

(承前)

 二十数分の後には、回転燈をつけたパトカーが浅見家に集まり、ほんの一週間前に天宮家で見られたのとそっくりな光景が、再び展開されていた。
 鑑識の制服でやって来た大谷が庭の中心に立ち、検分の陣頭指揮を採っている。大谷の横には中屋敷と、顔色の悪い森沢、そして直樹もいた。
 鑑識官が大谷に近づき、耳打ちする。大谷は頷き、中屋敷に言った。
「本部長の読み通りですよ。あの盛土の下から、出ました。ほとんど白骨になってますが、屍体、二人分です。まだ出るかもしれませんがね」
 聞くなり、森沢はまたへたり込んでしまった。直樹は目をまん丸く見開いたが、相変わらず唇は引き締めたまま、毅然とした表情を崩さない。
 中屋敷は大谷に訊ねた。
「……中の方は、どうだ?」
 大谷は頷き、玄関の中に入った。わずかな間があり、戻ってきた大谷は言った。
「滅茶苦茶ですね。天宮の家とはだいぶ趣は違うようですが、とてもじゃないが人が、それも女子高生が、ほんの十日前まで出入りしていたような状態じゃありません」
「そんなはず、ないッ」
 直樹が大きな声で言った。
「浅見は、来てたよ。いつも通りに。天宮が……天宮が、殺された、前の日……まで」
“天宮が、殺された”……そう言う時だけ、直樹は目を伏せた。少年にしては長い睫毛がぱさぱさと揺れ、気持ちの動揺をはっきりと示していた。
 中屋敷が、静かな口調で言う。
「だが、室内が荒れているのは本当だ。そうだ、とにかく浅見舞唯のことを聞きたい。天宮のこともな。ちと場所を変えようじゃないか、槇田くん」
「……ええ」
 中屋敷は大谷を振り返り、「後は任せた」と言うと、門の外へ歩いて行った。その後に直樹が、そのさらに後に足元のふらついている森沢がつき従う。
 三人は車に乗り込み、現場を去った。

「確かにふたりは、仲がよかったよ。詳しいことは知らないけどさ。休み時間っていうと、必ず一緒にいたよ。で、天宮があんなことになっちまった日から、浅見もずっと学校に来てない。何か知ってるんじゃないかと思って、俺、浅見に会いに行ったとこだったんだ」
 警察署の一室。ごく狭いその部屋には、中屋敷、森沢、直樹の三人しかいない。
 中屋敷と机を挟んで向かい合って座った直樹は、問われるままに話を始めていた。
 ようやく顔色が人並みになってきた森沢が、直樹に「茶がいいかい? コーヒーもあるよ。菓子はないけど」と話しかける。直樹は手を軽く振りながら、「いいです、何もいりません」と答えた。
「で、さあ。刑事さん」
 直樹が逆に中屋敷に訊ねた。
「浅見も、死んでた……わけ?」
 中屋敷は一瞬、直樹を睨んだ。直樹は臆することなく、真っ直ぐに中屋敷を見返している。
 中屋敷は、ふむ、と頷いて言った。
「約束は守れるな?」
「ああ。守るよ」
「ならよかろう。これから俺が話すことは、他の誰にもしゃべるなよ。家族にもだ」
「わかったよ。誰にも言わない」
「浅見舞唯の生死は、今のところ不明だ。庭から出た遺体はふたつ。どちらも白骨だが、君が確かに十一日前、天宮由衣が死んだ日に彼女を見ていたというのなら、その白骨が浅見舞唯であるはずがない」
「なるほどね。それから……天宮は、殺されたの?」
「どうやら、そうらしい。まだ断定はできないんだがな」
「いろんな噂、聞いてる。犯されてバラバラにされたとか、野犬に食われてたとか。その辺、どうなの?」
「なぜ知りたい」
 直樹は黙り込んだ。顎をひき、中屋敷を上目遣いで睨み上げている。気まずい沈黙が、室内を満たした。
 突然、さっきから所在なげに室内をうろうろしていた森沢が、「あっ」と叫んだ。中屋敷と直樹は、びっくりして森沢を振り返った。
「思い出した思い出した、きみ! 槇田くんっていったね。どこかで見たと思ってたら、一昨日の天宮家のお葬式に来てたよね。男友達四人と一緒に来ていて、お焼香をした後、その友達と揉めていた」
 直樹は急に困ったような顔になり、森沢から目を背けた。
「見ていたよ。きみ、泣いていたんだね。それを友達に冷やかされて、殴りかかろうとしていたんだ。周囲の大人たちが驚いて、止めに入った」
「……るせぇなあ。泣いて悪いかよ」
 直樹は唇をへの字に曲げてしまった。中屋敷が森沢を見て舌打ちをする。だが森沢は気にもせず、直樹に歩み寄ってその肩に手を置いた。
「悪くないよ。全然、悪くない。僕は、友達が死んで涙も流さないような奴なんか、好きにはなれない。でも、君の場合は、友達だから……だけじゃ、なさそうだね」
「……悪いかよ」
「いや、悪かねえ」
 言ったのは中屋敷だ。
「つまりアレか。きみは天宮が好きだった、ということか。それで気になる、と」
 直樹は黙り込んだ。
「茶化すわけじゃねえが、いい趣味してると思うぜ。直接に会ったことがあるわけじゃあねえが、ありゃあイイ娘だ。調べれば調べるほど、そう思えてくる。それだけに今回のことは、残念だった。……なんとかして事件を解決してえと思うよ、俺はな」
 中屋敷は、がらっぱちの口調に戻っていた。だが声音は優しく、あたたかい。
 直樹は口をへの字に結んだまま、中屋敷を見た。中屋敷もまた、直樹を真っ直ぐに見た。
 そのまま、わずかな時間が過ぎる。
 中屋敷は、直樹の瞳を検めるように覗き込んでいた。やがてかすかに頷き、口の端にうっすらと笑みを浮かべて、頷いた。
「槇田くんといったか。どうやらきみは、いっぱしの男のようだな。
 この先は本当に秘密のコトだ。だが、きみをいっぱしと見込んで、話すことにしようじゃないか。……いいか、取り乱すなよ。天宮由衣の遺体は、遺体とも思えねえ姿で出てきた」
 直樹が身を乗り出させた。
「バラバラって噂は本当だ。だが、ただバラバラになってたわけじゃねえ。残ってたものを全部繋ぎ合わせても半人前、いや、ひとひとりの十分の一にしかならねえぐらい、欠損が多かった。骨はカケラになってるし、肉は細切れになってるしでな。
 野犬って話は、半分は本当だ。回収できた骨の一部には、確かに犬の牙の痕もあった。だが、全部が全部、犬に食われっちまったって様子じゃあ、ねえ。とりあえずわかることは、その骨やら肉片は、まず間違いなく由衣のものだろう、ってことだけだ」
 森沢が横から口を出す。
「鑑定の結果、由衣さんの部屋から採れた毛髪と、現場の残骸のDNAが、一致したんだよ」
 直樹の、中屋敷を見る目が、真っ赤になっている。反対に、横にきりりと引かれた唇は血の気を失い、小刻みに震えている。
「だがな、さっきも言った通り、現場に残ってたもんは圧倒的に足りねえ。見つかった骨片肉片の類は、かき集めてもせいぜい腕一本分ぐらいってとこだ。相当な出血の跡は残ってたが、あいにくとその血痕の全部が天宮由衣のもんかどうかってのも、確定できなかった。
 ……まあ、殺されたんだとしたら、相当ひでぇ目に遭ったってことになるだろう。まだ殺されたって決まったわけじゃねえがな。決めるにゃあ、材料が足らねえ。足りな過ぎる」
 直樹は全身をぶるぶると震わせ始めていた。現場のありさまを思い出したか、森沢が口を押さえて部屋から飛びだして行った。

(続く)