かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

魔少女・由衣 闇狩り【#5】追う者たち〔2〕-04

(承前)

「あれを見たら、誰だって思う。こんなことをした野郎は野放しにしちゃおけねえ、許せやしねえ、ってな。ましてやそのガイシャが、あの由衣……真面目で素直って評判の天宮由衣ともなりゃあ」
 直樹は震えながら、かすれた声で呟いた。
「……許せない……」
 いつの間にか直樹は、机の端を強く握りしめていた。その手もぶるぶると震えている。中屋敷がそんな直樹を見て、頷いた。
「許すわけには、いかん。なんとかして捕まえてやると俺は思ってる。だから、そいつを追い詰めるための話なら、なんでも聞きてえんだ。わかるだろう?」
 直樹は俯いた。俯いたまま、はっきりとした口調で、言った。
「わかるよ。わかってるよ。それに……それに、言われなくたって俺だって許せない。ぶっ殺してやりたい、俺がこの手でぶっ殺してやりたいよ! そいつ! 犯人!」
 中屋敷は腕を伸ばし、直樹の肩を叩いた。
「ああ。だが落ちつけ、君には奴を挙げる資格は、残念ながら、ねえんだ。裁く資格もな。だから、俺たちにまかせてくれ。俺たちに協力してくれ。俺たちが、やる。
 ……とりあえずは、じゃあ、浅見舞唯のことから聞いていこうか。まず、最後に登校した日に、何か変わった様子はなかったか?」
 中屋敷の質問は、一時間ほどに渡った。直樹は素直にそれに答えた。
 直樹が中屋敷に問い返すことは、もう、なかった。途中から森沢も戻ってきて、直樹の話に頷きつつ、細かくメモを録っていった。
 ひと通りの話が済むと、中屋敷は手の空いている天宮事件の専従捜査員を一人呼び、直樹を家まで送るように命じた。
 部屋を出る間際、直樹は中屋敷たちを見て言った。
「ねえ、刑事さん」
 中屋敷は眉根を柔らかく持ち上げて応えた。
「なんだ?」
「さっき、天宮は……まだ殺されたって決まったわけじゃない、って言ってたよね」
「ああ、その通りだ。正直、九分九厘まで殺されてると思えるが、断定はできねえ」
「……俺さ」
「ん?」
「天宮が、まだ、どっかで生きてるんじゃないかって気がするよ。そう思いたいだけなのかもしれないけど、でも、生きてるんじゃないかって……そんな気がする」
 中屋敷はぎらりと瞳を光らせ、言った。
「ああ。だといいな。俺もそう思いてえな」
「探してみるよ、俺。俺なりに。天宮を」
「そうか。だがくれぐれも、捜査の邪魔にはなってくれるなよ」
「大丈夫。たかが高校生だもん、できることなんかタカが知れてるじゃん。でも……」
「でも、なんだ」
「タカが知れてたって、やらなきゃいられないよ。何かやってやらなきゃ、悔しいよ……悔し過ぎるんだよ、俺」
 中屋敷はもう一度、直樹の目を見た。
 さっきの、泣きそうな目ではなかった。何か強いものが宿った目だった。
「わかった。だが、あんまり深入りするんじゃねえぞ。とにかく犯人は、どんな奴だか見当もつかねえ野郎なんだ。ヤバい目に遭いそうな気がしたら、すぐ俺たちに連絡しろ。連絡先は……おっと、これをやる。悪用するなよ」
 中屋敷は手帳の間から名刺を一枚取り出して、直樹に渡した。
「ついでっちゃなんだが、耳寄りな話があったら直接に連絡をくれ。こっちはこっちで、地道にやっていくからよ」
「うん。わかった」
 直樹は中屋敷を見て頷き、捜査員に促されて部屋から出ていった。
 ふたりきりになってから、森沢は中屋敷に言った。
「あんまり収穫になるような話は聞けませんでしたね。それにしても……」
「なんだよ」
「……あそこまで話すことは、なかったんじゃないですか。守秘義務の問題があります。だいたい彼、まだ高校生ですよ。それに彼、由衣さんのことが好きだったんでしょう?」
 中屋敷は煙草に火を点けながら言った。
「大丈夫だよ、あいつは。おまえだってあいつの目ェ、見ただろう? ありゃ男の目だよ。まだまだ甘ちゃんだが、けれども根性はしっかり据わってる。ああいうのには、変な隠し事なんざしねえ方がいいのよ」
「けれど……」
「くでぇなお前も。いいんだよ、こいつは男と男の信頼、仁義ってなもんなんだよ。俺が隠さねえ、あいつも隠さねえ。それでいいんだ」
「はあ」
「それよか、あれだ。お前の言ってた変死事件、そっちの話を聞こうじゃねえか。もしかするともしかするぜ」
「ええ。ああ、それともうひとつ」
「なんだよ」
「……意外に可能性、あるかもしれません」
「何がだよ」
「天宮由衣さんの生存説です」
「ほほう。お前もそう思ったか。いずれにせよ、事件の全体像ってやつを、もう一度見直す必要はあるな。変死事件も絡めて、な」
 中屋敷はどっかりと椅子に座り直し、腕を組んだ。森沢は資料を取りに部屋を出ていった。
「……だが、生きてるとしたら。どうして、どこに行っちまったんだ? ええ、由衣さんよ」
 煙草を揉み潰しながら、中屋敷は独り呟いた。

(続く)