かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

今となっては王国のその後を知る者もない

「魔王! ついに辿りついたぞ、今こそ成敗してくれるッ!!」
「あ、よく来たね。けっこう大変だったでしょ、この館」
「ふん! 貴様の衛兵どもなど、敵でもなかったわ」
「だよねえ。だってねえ、別に特別な鍛練を積んだ兵士でもないし」
「兵士だと!? 笑わせてくれる、異形ども……魔物どもをあれほど召喚しおって!」
「んー……それは違うんだけどねえ」
「弁解など聞く気はない、いざ! 勝負だ!」
「まあいいけど、別にぼく、勝負なんかする気はないから」
「なにィッ!? 逃げるつもりか!」
「いや。ぼくを殺したかったら殺すといい。ぼくはもうヤんなった」
「……なに?」
「だってキミ、この館にいたひとたち、みんな殺しちゃったんでしょ?」
「言うまでもない」
「キミさぁ、けっこう手慣れてるみたいだからさぁ。ここに来る前に、もう館の部屋ぜーんぶ回ってきたよね。そこら中のハコとか棚とかも調べてさ」
「それがどうした」
「だからもう、この館で生きてるものはぼくひとりだけだよね」
「そうだ。仕掛けられた罠や封印された扉の数々、すべて突破したからこそ今ここにいる! 邪心に満ちたすべての者ども、人間でありながら魔に身を売った者どももみな問答無用で斬り棄てた。もはや貴様を護る者などいないッ!」
「うん。だよね。じゃあもういいよ、ぼくが生きていても仕方ない」
「……いい覚悟だ。ならば首を差し出せ、ここにひざまずけ」
「ごめん、それはできない」
「この期に及んで命乞いでもするつもりか!? 王に背き暗黒の神に魂を捧げて魔王となった穢れし者! もとは高名な魔術師であったというが、欲に駆られて闇へ堕した!」
「こりゃまたすごい経歴がついたもんだ。いや、この椅子から動けないんだよ。それだけ。もう無理。だから首を刎ねるんならここまで来て」
「よし……はッ!? 貴様、さては罠だな!? 近づくと床が」
「ない、ない。キミ目が悪いかな? ぼくのからだは見えてる?」
「見えているとも。全身に奇妙な鎧をまとって」
「鎧じゃないよ。これね、ぼくの生命維持装置。もう外す気力も歩く体力もないから、動けない」
「貴様、さてはそのナントカをより強力にするために世界を征服しようとしたかッ」
「世界征服ねえ。誰に吹き込まれたか、まあだいたい想像はつくけど、そんな気はないよ最初から」
「ふざけるな! 王が仰っていた、貴様がすべての元凶だと!」
「ああ、やっぱりねえ」
「土地を腐らせ実りを奪い、大地を揺らして街を破壊し! 多くの命をあやめたと!」
「ねえちょっと訊くけどさ、なんでキミそれ信じたの」
「王が仰ることを疑う必要があるか!」
「まぁ、ねえ。でもさ、そんなことしてぼくがなんの得をするの」
「魔王の損得など知るものか!」
「ねえ、大地は大事だよ。どんな状況でもさ、ぼくら従属栄養の生物は、農作物なしでは生きていられない」
「当然だ! それを貴様……」
「なのになんでぼくが、それをダメにするようなことを考えるかな」
「………」
「漁労や狩猟の品々だけじゃ、生は維持できない。多人数を養うには、農業や畜産が必要だ。植物の活動は偉大だよ……この世界のありとあらゆる生命は植物の炭酸同化作用によってこそ維持され、そしてその活動は大地の有機物と水、太陽の光によって保証される」
「貴様、今なにを唱えた? それはなんの呪文だ、魔物を召喚したか!?」
「……まあ、そうかもね。召喚の呪文、かもしれない。キミにとっては」
「えい、もう問答無用だ。そこを動くな、その首もらい受ける!」
「どうぞ。おや? ずいぶんすごい剣を持ってるね」
「そうだ。貴様を討伐するため、望まれた宝物と引き換えに匠に鍛えてもらった!」
「でも最初はキミ、木の棒で闘っていたらしいじゃない」
「なぜ知っている」
「そりゃぼくだって街の噂ぐらい耳に入るさ、キミが殺したこの館の住人のひとりの母親が教えてくれた」
「なに!?……すると王都にも貴様の間諜が」
「いやいやいや、そんな剣呑なもんじゃないって。息子を心配するただの母親だよ。彼女が来て言うには、王がまた若者を、って。木の棒一本与えて盛大に送り出したって」
「それがどうした」
「ねえ、盛大に送り出すことができるのに、なんで木の棒なの?」
「それは国の財政が追い詰められていたからだ! 貴様が大地を腐らせたせいで……」
「待って、待って。盛大に送り出した資金はどこから出てるの」
「それはもちろん王の倉だ」
「王の倉の中身はどこから出てるの」
「無論、民草が納めた税だ」
「なんで王はそれを民に還元しないの」
「え」
「農作物が不作で国が貧しいならさ、備蓄を開放すればいいじゃない」
「しかしそれでは、本当の解決にはならない! 貴様という元凶を除かねば!」
「いやだからさ、なぜ当座のために備蓄を開放することもなく、ぼくを魔王として訴追することから始めるんだろうってことさ」
「それは備えが、国の再興のためのものだからだ! これから立ち上がるために必要な財だからだ!」
「いや、目前の飢饉の解消が先だよ。まず今、たった今苦しんでいるひとたちに供さずに、いつ供するの。未来を見ることは大切だけれど、それは未来に生きているひとがあっての話でしょ。耕す土地があっても耕し手がいなければ、意味がない」
「詭弁だ!」
「だいたいさあ、盛大に送り出せるだけの余裕が王城にはあるわけでしょ。でもキミは木の棒一本だよ? よくそれで野獣とか倒せたよね、キミやっぱすごいよなあ」
「自分で魔獣を差し向けておいて、なにを言うかッ」
「いや魔獣なんかいないって。ただの獣だから。まあ飢饉で多少、見境をなくしていたと思うけど。獣だって飢えれば気も荒くなる。そんなとこへ送り出すのに、そう、たとえばキミを送り出した衛兵たちが持っていただろう槍の一本もあげれば、キミもずいぶん助かったんじゃないかなあ」
「それは……まあ……」
「思うに、キミがしくじったら次の誰かが送り出されるんだよ。キミの前にもいたんじゃない? 何人もさ。そういう若者がさ」
「我が兄もまた! 貴様の討伐へ出て……戻らない……。その仇を!」
「ぼくは手出ししていないよ。そもそもにぼくは、世界の征服なんか考えてない」
「ならば……さては、世界を滅ぼそうと!?」
「滅ぼすって。無理でしょ、そんなの。意味もないし」
「人間の世界を滅ぼし、魔物の王国を築こうと」
「いやだから魔物なんかいないって。それに新たな国を築こうったって、全部ゼロから始めたら大変だよ。一番いいのはインフラまるごともらうこと」
「なんだ、今奇妙なことばを……呪文だな!?」
「うん、まあねえ。どっちにしてもぼくに世界を滅ぼす気はないし、奪い取る気もない。そんな面倒なことしない、国なんてもの重すぎて手に余る」
「ならばなぜ大地を腐らせた!」
「やってない、やってない。たとえばさ、キミのその剣」
「匠の鍛えしこの世に唯一の宝刀!」
「それ鍛えるのに、どんだけ手間と時間がかかったか、知ってる?」
「知らぬ! 匠のわざ!」
「ぼく知ってるよ。それね、高熱がないと溶かせない材料を使ってる」
「魔族の知識など!」
「まあちょっと聞いて。その剣をつくるには、まず稀少な材料を集める必要がある。そのために山をさんざん堀りまくらなきゃならない。精錬には広い森を伐採して火を燃やし、水を思いっきり使って不要有害な鉱物が溶け込んだ排水を垂れ流す」
「………」
「鍛造のための高熱を生み出すには、石炭を燃やしてコークスをつくる必要がある。すると、さらに山は荒れ空気や水が汚れる。ぼくの試算だと、それだけで相当な広さの農地がダメになる。あと、さっきキミは、匠に相当な宝物とやらを与えたというけど、多分それほとんど匠の手元に残ってないな」
「どういうことだ」
「それだけの作業をするのに、ひとりじゃ無理でしょ。人件費すごいよ多分」
「しかしそれで民草に富が分配されれば……」
「キミひとりがどうにかした、どうにかできた宝物で、民草もないもんだよ。それにおそらく、従事したひとたちも『国のためだ』ってことで、かなり安く働かされただろうし。そしてその間、彼らが耕したはずの農地は放置された。いったん荒れた農地を回復させるには、ずいぶんな時間と手間がかかるのにね」
「……それもこれも、貴様の……」
「ねえ、だからさ。そんな乱開発やったら、それこそ土地が腐るよねえ。無軌道な工業化が飢饉に拍車をかけたんじゃない?」
「しかし……」
「大地を揺らし、っていってもさあ。そもそもこの国土は火山帯のただ中にあるようなもんなんだから、地震はいつ起きたっておかしくないんだよ」
「呼び寄せたのは貴様だろうに!」
「無理、無理。理屈の上では、地下深くの特定の点に強い力をかければ、火山活動を誘発させることはできるだろうね。でも、その点まで力を届かせるには、ものすごい労力が要る。そしてそんなことをしても意味はない、混乱が起きるだけだよ」
「その混乱が貴様の目的なのだろうが!」
「なんで?」
「混乱に乗じ人間を滅ぼし世界を」
「だからそんな面倒ぼくはヤなんだってば」
「ならばなぜ……」
「征服のつもりも滅亡のつもりもないってば」
「……しかし! 館は魔物でいっぱいだったではないか!」
「魔物じゃないから」
「異形ばかり!」
「それ病人だから」
「なんだと!?」
「キミ噂にでも聞いたことない? からだが崩れたり、歪んだりする話」
「貴様ら魔族の流行らせた業病!」
「違うよ。自然にあるの、もとから。それに加えて、キミんとこの王国がね」
「王がどうした!」
「近年すごい工業化進めてるじゃない。その剣みたいなもの、いろいろつくってるって聞いてるよ」
「これは……」
「うん、キミのは業物だと思うよ正味。でもそれ以外、もっと格は落ちるけど、いろんなものがつくられている。それらはさっき言ったように自然の乱開発からできている」
「………」
「そしたら、新しい病気も出てきた。自然にあったものに加え、人間が自らつくりだした新しい病」
「………」
「ぼくは医師として、治療法を探した。最初は、自然にもとからある病気。伝染性はないが見た目が酷くやられるものや、伝染性があって隔離が必要なもの。加えて、工業化がもたらした新たな病気。全部なんとかしたいと思った」
「………」
「悪い噂が立ったから――あいつはおかしな者ばかり集めているとか、ひとを攫って戻さないとか――都を離れて診療所をつくった。実際ぼくも思った、街なかでこれ以上は無理だってね。そうしたら今度は、王に叛旗を翻し魔城をつくったという評判が立った。さすがにぼくも気づいたよ、この噂にはなにか意図的なものがあるって」
「………」
「工業化による環境汚染は着実に進んでいる。それとともに農地に携わる働き手は減り、さらに間の悪いことにこの数年は降水量が少なくて農作物は大減産。渇水水産物も貧しくなった。追い打ちをかけるように地震だ。そりゃひとの心も荒む。それを治めるには、なにか目標になるもの、仮想敵が必要だ」
「………」
「どうあれぼくは、とにかく病に冒されたひとたちを救いたかった。がんばった。その甲斐あって、ほとんどの病で進行を止めることはできたし、隔離することで伝染もある程度は防げるようになった。志のあるひとたちが集まり、治療や研究を手伝ってくれるようにもなった。でも、完全な回復には遠く及ばない。その方法を探す毎日だった」
「………」
「でもその患者たちを、研究者たちを、キミがみんな殺した」
「いや……それは……」
「さっきキミ自分で認めてたじゃない、全員殺したって」
「……しかし」
「封印? そうかもしれない。危険な病原体や保菌者を隔離した部屋もいくつかあったからね。キミはそれらも全部、開いて回ってくれたようだ」
「………」
「もうぼくには、やるべきことがない。それに、研究を続けるうちに、当然かもしれないけどぼく自身がさまざまな病に冒された。体力も衰え、この装置から抜け出すことができない。それで奥まったこの部屋に棲み、作業や研究は同志たちにまかせていたんだ。なにしろ今や、僕自身が病気の巣、病原体みたいなもんだからね。迂闊に外へは出せない」
「……うるさい」
「うん、まあそうだよね。キミにとってはたのしい話じゃないものねえ。うっかりこんなことを聞いていたら、キミ自身の中に猜疑の心が召喚されかねない」
「我は勇者! 魔王たる貴様の首を馘り、王に献上するのみ!」
「勧めないなあ。今言った通り、ぼくのからだは病気の巣で」
「黙れ! 成敗してくれる!!」


 そして勇者は、魔王の骸を携え王国へ凱旋したという。