かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

国の名前

 まずはこちらを。→ http://i.imgur.com/S2P1G.jpg

 本当は画像そのものを貼りつけたいんだけれど、一応ほら、著作権とかね。気にしなきゃいかん立場ですからね。はい。

 上掲したのは、「各国の国名を日本語に翻訳した地図」です。
 やー、マジおもしろいっす。
 たとえば、オーストラリアは「未知の南の土地」って意味なんだそうです。イギリス(イングランド)は「角張った土地」。カナダは「」。アメリカは「商人の息子の合衆国」だそうですが、えーと、アメリカはかの大陸を『それまで欧州には知られていなかった大陸である』と看破したアメリゴ・ベスプッチの名に因んだ国名であるはずで、ということはアメリゴが商人の息子だったってことかな? それとも、アメリゴという名自体がそもそも「商人の息子」って意味なのかな。スミスって名が職人という意味であるように。
 われらが日本は「日の出(ず)る処」。はい、そーですね。その通り。

 そんなことは、当然……うん、わかってはいた、はずなんですよ。
 ことばには、意味があります。たとえそれがオノマトペの類であっても、意味はあるんです。意味がなければそれはことばではありません。もしそれがひとの口から発せられたものであっても、意味がなければただの音です。ことばという括りに入れられるものには、すべからくして意味があります。そうでなければ、ことばである必要がないからです。
 そして、人名もまたことばの一種である以上は、同じこと。自分の名は、漢字では「陽平」と書きますが、これも「太陽の光が遍く照らす」という意味を備えています。
 当然、国の名前にだって、それがことばとして存在する以上は意味があるわけです。日本がヒノモトであって太陽の本拠地であるように、どの国の名前にも、そこに住まうひとびとが求めた意味があるのでした。
 わかってはいたはず、なんですよ。

 ところが普段、名前というものは、人名であれ国名であれ、すっかり記号化してしまっているわけで。意味にまで思いが至っていなかったんですね、自分は。
 こりゃー失敗しましたよ。

 地図で見ると、中には「黒人」とか「」とか、果ては「」とか、おいそれいくらなんでもミもフタもナイだろ無さ過ぎ、という国名もありますが、多くはひとびとの希望をいくばくか以上は含んだものだったりします。
「自由」「我々の地」「新しい海の土地」……その国が成立するまでの経緯が垣間見えるような国名には、国民の意志や決意が感じられるように思えます。
 単純に地勢を述べたものもありますが、それにさえそこに住むことへの誇りや喜びがある気がしてきます。「これがまあ終の住処か雪五尺」的な。
 そうだよねえ。国名には、意味があるんだよねえ。意志があるんだよねえ。

 中には「おまえそれ自意識過剰」とか、「……やっぱあんたらイミフだし」って思えるものもないことはないんですが、まあそれはそれとして。(おそらくそれらは、より高度な思索あるいは折衝の末に、そーいうとこに落ち着いたんでしょう)
 国には名前があり、名前には意味があり、そしてそこにはひとの意志がかかわっていると考えると、これまた当たり前のことながら、その意志に対する畏敬の念もおのずと湧いてくるというものです。単純に国を、地勢の問題とか、経済的あるいは軍事力の都合または交渉の末に引かれた線で囲まれたエリア、と考えるわけにはゆかなくなってきます。まして、その国やその国の民を、利害が一致しないから敵だ、と一概に見做すなんてわけにもゆかなくなる気がします。
 結局さ、そこには必ず「ひと」がいるんですよ。ゆえにこそ、名=意味も存在するんですよ。(ただしこの場合の意味は、人間にとってのものに限られますが)
 あだやおろそかにはあつかえませぬなあ。


 てゆうか今日も自分ってすげえ呑気だね。
 ある意味、呑気であることに意地張ってるという気もしてきますがw