かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

【インフルエンス】(前編)

 そのホームレスに気がついたのは、もう半年ぐらいは前のことだった。
 最初に見かけた時には、ああとうとうボクの街にも現れたか、って思った。それまで、学校のある街や盛り場なんかではよく見かけてたけど、ボクの住む街で見たことはなかったからね。物珍しい気がしたよ。
 もちろん、何度か見るうちに、物珍しさは失せてった。そのかわり、
(なんかヘンなヤツだなあ)
 って思うようになったんだ。
 というのも、盛り場なんかで見かけるホームレスって、枯れてるっていうか抜けてるっていうか……何が楽しくて生きてんの? って思うようなのが多かったんだよね。
 生きること自体にはすごく熱心っぽいんだけど、じゃあ何のために生きてんの? ってことになると、すごくわかりづらいっていうか。ボクにはぜんぜん読めないぞ、みたいな。
 でも、ボクの街で見かけるホームレスは、その辺がやたらハッキリしてる気がした。
 抱えてるんだ、いつも。
 薄汚れた袋を。
 分厚い布でできたキンチャク袋。それを抱きしめて離さない。ゴミバコ漁ってる時も、背中に回したりしない。絶対に視界に入るところに持ってきてる。そして時々、その袋をじっと見つめる。時には、両腕でガッチリ抱きしめながら、中を覗き込む。
 その目がさ、何ていうか……熱いっていうか、きらきら、いや、ギラギラしてるっていうか。ちょっと恐いぐらいに。
 その目は、他の場所で見かけるホームレスたちの目と、ぜんぜん違ってた。それは、そう、生きてる目だった。生きてるってこと、そのものみたいな目だったんだ。
 その袋の中に何があるのかは、ぜんぜんわからない。けれど多分それは、彼にとっては文字通りに“生き甲斐”みたいなものだったんだろう。彼はそれを、もってたんだ。
 それでボクは、そのホームレスを、いつもなんとなく探すようになってた。

「おい、聞いたかよ」
 学校でアイツがそう言い出した時、ボクはわりとすぐに『ああ、あのことだな』って思って、頷いた。
「そっか。驚いたよな」
 アイツは腕組みをして、何度もゆっくりと頷きながら、眉間にシワを寄せた。それは、みるからに悔しそうなシワの寄せ方だった。
「まさか、ヤツがあんなバカなことをしでかすなんてなあ。いったい何があったんだか」
 アイツが言ってるのは、隣のクラスの男子のことだった。
 ボクはそれをウェブのニュースで知った。そいつが昨日、銀行強盗をヤッたって話だ。
 ニュースに名前は出てなかった。でも、目隠しをした写真は出てた。知ってる者が見れば、すぐにヤツだってわかる写真だった。
 現場になった銀行は、学校のすぐそばにある。ボクもよく寄ってるとこだったから、それも写真を見た途端、どこの何銀行だかスグにわかった。
「詳しい話、知ってるか?」
 アイツが言う。ボクは首を横に振った。
「恐ろしく突発的っていうか、何の計画性もなかったっぽいんだ。実は、いっこ下の後輩に、たまたま銀行に居合わせたってやつがいてさ。そいつから聞いた話なんだけど……」
 強盗をヤッたヤツは最初、CDの列にごく普通に、ごくおとなしく並んでたらしい。見たってひとは、『あ、同じ学校の先輩だ。見覚えがある』って思って、同じ列の後ろの方にいたんだって。
 で、他に目を惹くものもないから、見るともなくヤツを見てたら、急に顔色があおざめてって、脂汗も浮かべ始めた。どうしたんだろうと思った途端、
『ちくしょーッ!!』
 って大声を出すなり、店内をウロウロしてる制服の銀行員に飛び掛かったっていう。
 で、
『金だ、金! 今すぐ金もってこい! そうしないと、こいつ殺す!!』
 とか言いながら行員の首に手をかけて、その喉元をぐいぐい絞めあげたっていうんだ。
「バカな話だよな。武器のひとつも持ってなかったっていうんだぜ」
 アイツは言いながら、肩をすくめた。
 銀行を襲ったヤツは、すぐ警備員に取り押さえられたそうだ。取り押さえられながら、それでもずーっと『金もってこい! 金もってこい!』ってわめいてたらしい。
「未遂でも何でも、強盗は強盗だしな。殺人未遂もつくかもしれない。で現行犯逮捕。もう将来真っ暗ってとこだ」
 その辺のことはニュースにも出てたから、ボクも知ってる。ついでに、警察に連行されてからもヤツは、ひたすら『金出せ! 金よこせ!』って、そればっかり言って暴れたらしいってことも。これもニュースに出てた。
 アイツが言う。
「ヤツ、実は研究室でいっしょなんだ。稼ぐのがかなり好きらしくて、ほら、よく学校休んでるだろ? あれ、デイトレやってるからなんだってよ。自分で言ってた。ただ、あんまり使うことはなくて、預金残高が増えるのが楽しいんだって言ってたな。それがいきなり強盗ときたもんだ。驚いたが……」
 それにしてもヘンだよ、とアイツは言って、ため息をついた。
 確かにヘンだ。デイトレでどれぐらいの金を動かしてるのかは知らないけど、いきなり銀行強盗やったって、何千万もの金は手に入りっこない。いいとこ数百、ちょっと運が悪ければ数十万にもならないだろう。それどころか、すぐ捕まっちゃうのがオチだ。今どきの銀行の防犯体制を甘く見ちゃいけない。
 それだったら、地道にデイトレやってた方が(ってのもちょっと違う気はするけど)、よっぽど儲かりそうなもんだよね。それに、強盗で稼いだ金は、多分、預金残高に繰り込むことはできない。それじゃあせっかくの楽しみも(ヤツにとっては)半減だろう。
「……ま、“季節”のせい、なのかもな。ヤツは意外に病んでたのかもしれない。
 残念なのは、オレは同じ研究室にいたのに、そんなヤツの様子に気づいてやれなかった、ってことだ」
 アイツはそう言って、話を終わりにした。『それにしても残念だ』ということばを、オマケみたいに、でも確かな信念が宿っていることを感じさせる言い方で添えて。

(続く)