かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

【インフルエンス】(中前編)

 それからものの数日と経たないうちに、ボクとアイツは、いきなり“季節”を実感することになった。
 その日、午前中で授業が終わったボクたちは、近くの公園でくつろいでた。
 そう、いい季節だった。桜はもうとっくに散っちゃったけど、その分あっちこっちにみずみずしい緑の葉っぱが飛び出し始めてて、何もかもが新鮮って感じ。ありきたりないい方だけど、すごく力が溢れてる。
 ボクとアイツは、それで、公園で日向ぼっこしてたんだ。もっともそれは、アイツが誘ってくれたから、のことだったけど。
「オマエ、なんか顔色悪くね? アレだろ、ガッコの課題か何かで無理してんだろ。そういう時には、無理やりにでも日光を浴びた方がいいんだぜ」
 って言ってくれたんだよね、アイツは。
 アイツには、そんなとこがある。面倒見がいいっていうか、優しいっていうか。同い年のハズなのに、妙に年上っぽくて頼れる感じがあるんだ。
 ついでに成績もいい。見た目もイケてたりする。だから、男女を問わず、誰からも好かれてる。ボクなんかとは、えらい違いだ。
 そう、ボクは目立たない。地味っていうよりは、ボクがここに在るってことに、ほとんど意味がないってタイプ。敵意のない無視と悪意のない放置が、生まれてこの方、ボクに与えられてきた待遇なんだ。
 でもアイツの態度は違った。アイツはボクを、何かと気遣ってくれる。もっともアイツは、同じように誰にでも優しいんだけど。その意味では、他のみんながボクを放っておくのと、あんまり変わりはないのかも。
 ま、それでも、誘われて逆らう理由もない。それでボクたちはその午後、並んで公園のベンチに腰掛けてたってわけ。
「ん?」
 まず声を出したのは、アイツだった。
 ボクたちの視界に、“女史”の姿が入ったからだ。
 そう、女史。みんなが彼女を、そう呼んでる。物静かで知性的で、いつもシックな服を着てる。それに無口だ。でも、近寄りがたい感じはなくて、彼女に秘かに憧れてる男子も少なくはない……らしい。
 けれどその時の女史の様子は、どうにもおかしかった。これだけぽかぽかとした陽気なのに、顔があおざめてる。目にもどこか普通じゃない色が宿ってる。それに何より、歩き方がヘンだ。ギクシャクしてるっていうか、調子が外れてるっていうか。とにかくまともな歩き方じゃない。
「女史……どうしちゃったんだ?」
 アイツが腰を浮かせかけた時だ。
「きいーッ!!」
 女史が叫ぶなり、公園の外れの鉄棒で遊んでる男の子に駆け寄った。砂遊びは卒業したけど、まだ携帯ゲームには手が伸びないってぐらいの年頃のこどもだ。
 そして女史は、そのこどもを抱えあげるなり、元来た方向へ、全速力で走り出した。
「お、おいッ!? 何だ、何なんだぁ!?」
 アイツが立ち上がり、女史を追い始めた。
 ボクも追いかけた。
 女史は本当に本気で走ってた。普段は物静かな彼女が、いったいどうなるとあんな風に走れるのかと思うほどだった。
 少しタイトめなスカートの裾が、あんまりにも大きく前後する太腿に蹴りあげられて、脚の付け根近くまで持ち上がっちゃってた。ボクはその時初めて、女史が意外にもこどもっぽい、プリント地の綿ぱんつを愛用しているらしいことを知った。
「待て、待てぇっ」
 アイツが女史を追いかけながら呼ぶ。けれど女史は振り返りもしない。そして、その脚はやたらと早い。こどもひとりを抱えてるとは思えないほど、早かった。
 その上、ここら辺の道を熟知してるってことか、くねくねと路地を曲がるから、ボクもアイツもやがて振り切られ、女史を見失ってしまった。
「いったいありゃ、どういうことだ!?」
 アイツが肩で息をしながら目を剥いて辺りをきょろきょろ見回す。ボクは答えた。
「どう見ても……誘拐……」
 アイツがボクを見て、言った。
「……だよな」
 アイツは、携帯から警察に連絡をした。警察には他の誰かからもう通報されていたらしくて、アイツは電話の向こうの担当者に、どこで見失ったか、“誘拐犯”はどんな人物なのかとかを尋ねられ、きっちりと答えた。女史の姓名まで、正確に伝えてた。
 アイツが携帯を切ったあと、ボクはアイツに尋ねた。
「いくら何でも、名前までハッキリ言うことなかったんじゃない? 一応、女史だって友達でしょ。なのに……」
 アイツはきっぱりと、首を横に振った。
「いや、友達だとか、そういうの関係ないだろ。悪いことは悪い、それは正されるべきなんだ。……残念ではあるけど……」
 そしてアイツは「ふう」と深いため息をついた。
「それにしたって、いったいこれ、どういうことなんだ?“季節”のせいにしちゃ、ちょっと派手過ぎるぞ」
 言ってからアイツは、また『ん?』と声を出し、ボクをまじまじと見つめた。
「顔色、すげえ悪いじゃないか。そうか、急に走ったからだな? そうでなくとも元気がなかったのに、こんなに走ったからだな?」
 ボクは「ん……」とだけ答えた。
「オマエ、早く帰れ。ちょっと普通の顔色じゃないよ。早く帰って休め。オレはこれから警察へ行く、オマエの分まで話はしてくるから。いいか、わかったな?」
「うん、わかった」
 ボクたちはその日はそれで別れた。
 女史のその後のことは、翌日のニュースでわかった。彼女は攫ったこどもを自分の住んでるワンルームマンションに連れ込み、イタズラしたらしい。
 アイツの通報とかもあって、わりとすぐに警察に踏み込まれて、イタズラはあんまりひどくなる前に中断させられたようだ。とはいえ、それでも相応に“お楽しみ”は味わったらしい。
 女史は連行されながら『その子は私のモノよ、私が自由にするのよ! 私のオモチャにしてあげるの!』と叫んでたそうだ。
 当然それは格好の話題になって、テレビのワイドショーなんかでも取り上げられた。
“品行方正女子学生、その正体は少年をなぶりものにする変態女だった!?”なんて下卑たキャッチが、週刊誌にも躍った。
 彼女は、つまり、終わっちゃったんだ。

(続く)