かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

待つ者たち

「議長」
 観測員のひとりが沈痛な声を発した。
「探査員5753号の存在反応が消えました」
「そうか……。これで残りは何名になる?」
「まだ二千百名弱が活動中ですが、彼らからは好適生物発見の報せは入っていません」
「最悪の場合、全員が空振りに終わる可能性もある」
「……はい」
「いよいよ我々の未来も暗くなってきたわけだ。送り出した探査員は一万。そのうち、すでに八割近くが失われた」
「はい」
「こうなってくると、我々がなんのために彼らを送り出したのか、その根拠も危うくなるな」
「しかし、だからといって……」
「ああ。我々が漫然と滅びを待っていいという話ではない」
「そうです。それに、根拠云々を言っていたら」
「そうだ。すでに失われた探査員たちの意志が、行為が、報われない。そういえば君の兄上も、探査員として星を発たれたのだったな。彼は……」
「存在反応はありますが、連絡はありません」
「そうか。期待したいな」
「はい」

 議長。その呼ばれ方も、今となっては虚しいばかりだ。
 星にある幾多の地方、それぞれに発達した国々。それらが幾多の戦争を繰り返した末に全面的な和睦へ至ったのは、もう何世紀前のことになるか。
 最初のうちは、それでも小さな悶着は多々あったようだ。だが国境の概念は次第に薄れ、民族意識は昇華されて文化の源泉として遺り、人種は境を越えて交わって、やがて星は本当の意味で統一された。
 かつての国々は、地方行政府としてかたちを残した。星には代表議会が置かれ、地方行政府はその規模に比例した人数で議会へ議員を送り出した。
 その議会をまとめる者が、議長。事実上、この星の最高責任者ということになる。
 だが、私がその地位に就任する数世代前から、見逃せない兆候が我々に現れ始めていた。
 原因不明の出生率低下。万全の医療体制が整っているにもかかわらず、平均寿命が年々短くなってゆく。まるで我々という民そのものが衰えているようだった。
 私はその謎の事態にすべての民がおびえる時代に、議長の任に着いた。私の議長としての任務は最初から、この事態──民の衰えとしかいいようのない事態の収拾だった。
 科学者たちはすでに何世代も前から、懸命に原因を追い続けていた。その結論がようやくもたらされたのが、我々の時代のことだった。
「すまない。君の言うことが理解できない」
 最初の報告を受けた時、私はそう答えた。
 対策委員長は深く溜息をついたあと、続けた。
「議長。これはたとえ話でも宗教的な話でもありません。科学的に我々という種の寿命が尽きようとしているのです。そしてその原因は、生命力……なのです」
「だから、その理屈が私には理解できないのだ。そもそも生命力とは個体に含まれるものではないのかね? 種の生命力などというものがあり得るのかね?」
「……そうとしかいいようがないのです……」
 その説明は、半ばは理解できた。
 しかし、半ばは理解できなかった。いや、私の精神が理解を拒んだのかもしれない。

 生命体は極論すれば有機物の収拾装置だ。
 肉体を構築する有機物を集め、エネルギーとなる有機物を集め、星全体あるいは宇宙全体に遍在する物質の密度を偏らせる。偏らせることによりなにがもたらされるかはわからないが、とにかく生命体は偏らせることに終始する。
 所詮それだけの存在だ。
 それにたまさか宿る自己保存の“意識”が生命の本質なのかもしれない。
 なんとなれば、単なる有機物収拾乃至特定の物質に偏在をもたらすことが目的であれば、プログラミングを施した自動機械でも充分にその役目を達成させ得る。自己複製機能も搭載不可能ではない。ではそういう自動機械と生命体の違いはどこにあるかと考えると、それはどうしても形而上的な思惟の上にしか見出せなくなる。
 だから確かに、生命体を語るということは、宗教的な話へ至らざるを得ないものなのかもしれない。
 それでも「種の生命力」などという漠然としたものがあり得るとは考えられなかった。
 しかし科学者たちは、民の衰えの理由をそこに置いた。
 そして、その「種の生命力」は、生命体の有機物収拾のように──もっと砕いていえば、食物を取り込むように、他の生命体から得ることができる、とも。

「ではいったい、生命とはなんなのだね。肉体の維持だけでは足りない要素があり、しかしそれを、肉体を維持するように他からの借用もしくは奪取で存続する生命体というものは、そもそもなんなのだ。なんのためにあるのだ」
「わかりません。ただ科学的に言えることは、他の生命体の生命力を吸収することにより、我々は種として存続することが可能になる──有体にいえば、個々が他の生命体の生命力を奪うことで、種全体として“若返る”ことができるということと、その生命力は物理的に固定し得るということです」
「ならば家畜を増産すればよいだろう」
「……そこが問題なのです。家畜の生命力では、我々のひとりを“若返らせる”ために、大型畜獣数百体分の生命力が必要になります」
「どういうことだ」
「実験の結果、精神活動の有無や複雑さが反映するものかと」
「……ということは……」
「現状、同類──にんげん、の──生命力であれば、より効率の高い“若返り”が可能です」

 すでに世界人口は最盛期の数十分の一になっていた。
 当然、各種産業の効率は下がり、経済的にはかなりの逼迫が訪れている。
 過激な考え方を採れば、人口を十分の一に減らせば種全体が“若返る”ことができる。
 だが、提供者たる九割はどうやって決めるのか。
 そしてなにより、現在からさらに九割も人口が減ったら、もはや社会が機能しない。数十人に一基の核反応炉がなんの役に立つ。それらインフラストラクチュアの維持もしくは解体だけでも大仕事になり、そしてそれらは確実におこなわれなければならない。でなければ星自体が滅んでしまう。だが現在の十分の一の人口では、到底それらはおこなえない。
 また、どれほど技術が発達していても、生活の基盤となる畜産や農産においては機械に預けられない部分がある。それらを遂行するだけでも、十分の一の人口には厳しい。
 となれば、その生命力の確保は──
「他星の高度な生命体から得るしかありますまい」
「……それは侵略になるのではないか」
「我々が野生動物を狩り、その肉を食うのとどれほどの差がありましょうか」
「相手が相応の精神生活を営んでいるのであれば、単なる狩りとは意味が違ってこよう」
「では議長閣下は、我々が漫然と滅ぶを以てよしとなされますか」
「……否、と言わざるを得まいな」
 まさか、民に安寧をもたらすために、民すべてを“殺人者”にしなければならないとは。
 それを決定する議長が私だとは。
 民に罪を負わせることが私の役目だとは。
 議長。
 その名がむしろ、忌まわしく思えた。

 私は探査組織の編成を命じた。
 組織はあらゆる分野の科学と学問、宗教を含んで構成された。それは必然的に、我々の星、というよりは我々という種族の営々たる歴史の、すべてを注ぎ込んだものとなった。
 組織は現存するあらゆる資源、あらゆる技術、あらゆる知識を用いて、我々と一対一の、あるいはそれ以上の均衡で“生命力”のやりとりが可能な生物が存在する──と思われる他星をリストアップし、そこへの往復や連絡の手段を開発し、またそこを訪れ実際に生命力の収集をおこなう者の養成をおこなった。
 対象となる星は少なく、一万弱がその可能性を備えるとされた。
 文字通りに数えきれない星々を擁するこの宇宙で、たったの一万にも満たないとは!
 その時に感じた奇妙な寂しさと、それらわずかな“仲間”の生命を奪わなければならないという事実の厳しさ、それらへの畏れは、今も私の中に強く在る。
 やがて探査員たちは、それぞれに指定された星々へ発っていった。
 一万弱といっても、あくまでもそれは可能性に過ぎない。そこに実際に我々が求める“生命体”が存在するかどうかは、ごく近くまでゆかねばわからない。空振りで戻らざるを得ない者たちもいるだろう。
“生命体”の存在を確認したのちの行動は、探査員個々に委ねた。そのための養成機関ではあった。各種学術知識はもちろんのこと、外交術なども探査員には教え込まれた。宗教関係者の招聘もまた、探査員養成には欠かせないことだった。なにしろ我々は、我々の生存のために、宇宙の兄弟ともいえる者たちの命を奪いにゆくのだ。それには心の拠り所が必要になる。それを満たし得るものが、宗教以外にあろうか。
 そして、だが、未だ、成果を得て帰還した探査員はいない。
 多くがすでに旅先で連絡を断った。
 ある者は宇宙を旅する間に事故に遭ったのだろう。ある者は自身の“罪深さ”への意識に呑まれたのかもしれない。またある者は……。

「……ダンの仇だ!」
 ソガの放った一弾が侵略宇宙人のからだを貫く。
 宇宙人は紅蓮の炎に覆われた──

「……兄の……!」
「どうしたね」
「兄の、存在反応が……」
「……そうか。我々は……」
「………」
「我々は、やはり誤った選択をしたのかもしれぬ」
「いいえ!」
「………」
「食べるのと同じなのです! 我々は食べ続けて生きてきました、いのちのリレーを続けてきました。それと同じではありませんか! 間違っているはずが……間違いといえるはずが……」
「……ああ。そうだな。そうだ。我々はただ生きようとしているだけだ、そしてそれは生命体として間違った道であるはずがない。でなければ生命という概念自体が否定されなければならないのだからな」
「………」
「残り二千とわずか。戻ってくれる者があるだろうか。戻った者たちは、我々が残るに足る成果を携えてきてくれるだろうか……」
 観測員はなにも答えなかった。
 私も答えは期待していなかった……いや、答えをおそらく拒んでいた。
 どんな答えがあろうとも、我々の存在そのものが肯定されるものとは思えなかった。

(了)