かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

陰の勇者たち

「「「……しまった!」」」
 気づいた時には、すでに遅かった。
 伸ばした手が届いたと思った瞬間、違う、これではない……と、その事実に、“ヒーロー”は、ようやく気づいたのだ。
 ヒーローの中に同居する四つの意識のうちみっつは、ほぼ同時に激しい悔恨に襲われていた。
 そうだ、わかったはずだった。わかっていたはずだった。
 わかっていたはずなのに見逃した、なぜか?
「どういうことなんだ!?」
 もうひとつの人格、まだ事態を把握していない人格が叫ぶ。
「これは……いや、迂闊だった……私たちとしたことが……」
「だから、どういうことなんだよ!」
「そうだ。オレたちならわかっていたことだった」
「俺たちなら……」
「なんなんだよ、どういう……」
「あれは、私たちに見えていたのは、虚像だ」
「なんだって!?」
「彼女は今、数値化されてこの怪獣の体内に存在しているのだ。実体を備えていない」
「おまえらの世界でも、機械とやりとりするだろ? でも、機械と直接にやりとりしてるわけじゃないよな。機械とヒトを“繋げる”ディバイスを通してやりとりしている」
「ま……マン・マシン・インターフェース……」
「そういうことだ。今、俺たちが見ていたのは、いってみればディスプレイに投影された彼女のイメージ。彼女という“データ”の、本体じゃなかったんだ」
「なぜ! それがわかるなら、なぜ……」
「君のせいにするわけではないが、視覚という情報源……人間がふつうに備えているその力に、惑わされた部分はある」
「そう、見えるとついそこへ走っちゃうんだよな」
「でもそれは、俺たちなら、わかっていたはずなんだ……。俺たちの不注意だ」
「じゃあ! じゃあ、彼女は……!!」

 そう、みっつの意識ならわかっているはずだった。
 なぜなら“彼ら”もまた、そもそもに実体をもたないものだったからだ。
“彼ら”は自在に現れたり消えたりすることができるし、何十メートルの大きさにも、ミクロの小ささにもなれる。
 なぜか。
“彼ら”の肉体が、便宜的なものに過ぎないからだ。
 肉体は、それが必要な時、周囲から必要な材料――原子を寄せ集めて組み立てるだけ。
 彼らの本体は、剥き出しの精神だった。
 遙か過去、“彼ら”のうちひとりの祖先たちは、母星が所属する惑星系の主星である恒星の老化というクライシスに見舞われた。その時祖先たちは、強大なエネルギーを発する装置をつくり、それを以て彼らの太陽の代わりにしようと試みた。だがそのエネルギーは生体には負担が大きすぎ、起動と同時に肉体は瞬時に解体された――消滅した。
 だが、祖先たちは、滅びなかった。
 そのエネルギーが、精神……と呼ぶしかないものに、新たな力を与えたからだ。
 それは、イレギュラーと呼ぶしかない類のものだった。だがそれは、確かに彼らの精神を永らえさせ、精神のみでの存在を可能とさせた。
 ――精神とはなにか。
 地球人であれば脳と呼ばれる器官の中でさまざまに変化する電位の総体となる。
 脳という物理的な器にあってのみ存在し得る、一風変わった物理現象だ。
 祖先たちの精神もまた同様のものだった。
 だが、祖先たちが生み出した強大なエネルギーは、それに“かたち”を与えた――物理的な器なしで、脳という器官の中での電位変化と同様のエネルギー変位が維持される、という結果を生み出した。
 祖先たちは、個々の独立を保ったまま、しかし肉体という器を必要とせず、さらに周囲の原子を直接に操るという新たな能力を得て、剥き出しの精神として“生き残った”。
 コンピュータなしで走るプログラム、といってもいい。
 祖先たちの機械はまた、その強さゆえ、広い範囲にも影響をもたらした。
 ある星では、共鳴する“魂”を備えた精神に同様の変化を与えるもの、つまり肉体を必要としない精神体のみの生物へと変化させるイコンを生んだ。
 ある星では、特定の生物種全体を、肉体を備えたまま原子構造への直接介入が可能な能力を備えたものへと新化させ、そのうちで特に共鳴する“魂”を備えた者にのみ、精神体だけの生物となる能力を与えた。
 また多くの星では、特に精神と呼び得るほどのものを備えない生物に、圧倒的な力――巨大化による強烈な物理的破壊力や、エネルギー波を体内で生成し放射する能力などを与え、その星の生態系を乱したりもした。
 祖先たちはそれらの異変を知り、それらすべてが自らの犯した罪であると認めて、影響の回収に努めてきた。地球時間にして、数十万年以上に渡る長きに渡って。
 みっつの意識たちは、まさにそれら、精神体のみで存在する知的生命体だった。
 だから、わかっていたはずなのだ。
 今の彼女が、実体を備えないものである、ということを。
 だが、その域に至っていない地球人の肉体に“間借り”していたため、その肉体感覚に頼って、文字通りに“見間違えた”。
 彼女の本体は、そこにはなかった――
 気づいた時には、すでに“怪獣”の肉体は崩壊を始めていた。
 彼女が今、宿っている“器”が、だ。
 器が崩壊すれば、それとともに彼女も崩壊、消滅する。
 もはやヒーローに、彼女を救う術は、なかった。

『ボス』
“彼”は、モニターに映し出されるヒーローと怪獣の対峙を見ながら、呼んだ。
 モニターには今、さらに暗黒の巨人が映し出されたところだ。ヒーローは作戦を邪魔する巨人との格闘を始めた。
「なにかなー?」
 ボスと呼ばれた壮年の男が、返事をした。
 彼とボスの間には、距離がある。
 ボスは今、急拵えの現場情報基地へ出向いていた。本部に詰めている彼との連絡は、専用回線を通した高性能IEMと、それに搭載された骨導音マイクでおこなわれている。
『今のままでは彼女を助けられないかもしれません』
「え。なに。なんで。それ、どーいう話」
 ボスは髪が半白になる年齢なのに、妙にノリが軽い。未だ青年のようだ。いや、確かに青年なのかもしれない。ボスの心の中には、理想がある。遠い、遠い理想だ。だがボスはそれが実現できると信じているし、それへの邁進を怠らない……まるで青年のように。
『ちょっとした不安があります』
「詳しく。あ、ちょっと待って」
 ボスは出先である現場の仲間たち、民間企業の社長と作戦遂行係の宇宙人の方を向いた。
「ごめん。ちょっと込み入った話があるんで、一旦外れるわ」
 そう言ってボスは彼らに背を向け、離れた。
「おっけ、おっけー。じゃ続けてくれる?」
『彼女は今、数値化されて怪獣のコアとリンクしています』
「知ってるよぉ、そんなことは。だから今こうして……」
『だから彼女は、物理的には存在しません』
「え?」
『物理的に救い出そうとしても、できません』
「……あ。そうか。そりゃそうだ」
『ですが今ヒーローは暗黒の巨人と戦っています、物理的に』
「そうだね」
『ヒーローは巨人を退けたら、怪獣の体内へ飛び込むと思います』
「彼女を助けるためだね」
『もしヒーローが、物理的な格闘の意識のまま、飛び込んだら?』
「あっ。それ、あり得るね」
『ヒーローは物理的に彼女を助けようとして……』
「やばい。それじゃあ空振りになっちゃうよ」
『そうです。ですから……』
「なによ」
『先んじて僕が、怪獣にリンクします』
「えっ。できるの? なんで?」
『僕、数値化可能宇宙人ですから』
「なにそれ」
『この宇宙には、肉体は肉体として備えながら、意識を数値としてやりとりできる宇宙人も、けっこういるんです。僕の星の民は、そういう種族です。もっとも僕らは、肉体がないと意識も消滅してしまうので、ふだんは地球人と特段の違いはありません』
「ほえー……」
『だから今の事態に気づくこともできたんですし、太い回線があれば、自分自身を数値化して、彼女と同じように怪獣にリンクすることができます』
「うっそー」
『回線が維持されていさえすれば、彼女を“回収”して戻れると思います』
「よし! じゃあ……いや、ちょっと待って」
『なんですか』
「それ、実はすっげ危険なんじゃね?」
『当然です。途中で回線が切れたら、僕も戻れません。怪獣の中で、彼女にアクセスできない可能性もあります。なにより彼女が怪獣のコアを止めるまでは……彼女の“仕事”をやりおおせるまでは、逃げ出せません。
 コア停止のトリガーは彼女自身の機能停止です。崩壊が始まれば彼女をサルベージしても問題ありませんが、崩壊しつつある怪獣から彼女を引っ張り出さなければならないわけで、そのタイミングはかなりシビアです』
「だよねぇ~! ダメじゃん、そんなことキミにさせらンないよ」
『しかし!』
「……なーんちゃって。うん、わかった。頼む。回線の当てはある?」
『はい。ここの回線をぜんぶ一本化すればできるかと。あとは駆動力ですが』
「さっき爆弾を呑ませるための囮にした、世界中からかき集めたエネルギーがあるよね。あれ転用する。爆弾呑ませた今では、もう要らないから。こっちから許可出しとく」
『お願いします。じゃあ、こちらは準備にかかります。それにしても……』
「なに?」
『けっこう簡単に許可を出してくれましたね。もっと説得が要るかと思っていました』
「んー。まぁ、ねえ。キミ助けたいんでしょ? 彼女を」
『はい』
「おんなじだよ。それにね。……昔、娘がいてね。死んじゃったけど」
『えっ……』
「今でも夢に見るよ。できること、あったんじゃないかって。代われるものなら代わりたいって。今でも、そう思うんだなあ」
『………』
「今、彼女――怪獣ン中に飛び込んでる彼女のためにできることがあるんだったら、そりゃあやるでしょ。やらなかったら、また夢の種が増えちゃうよ。キミにもね。そんなの、ヤでしょ?」
『はい』
「だから、やりましょうってこと。頼んだよ! じゃ指示まわす。回線、切り換えるよ」
『よろしくお願いします!』
 ボスはそして、“課長”――この一連に関するすべての責任を負う者として、素早くすべての指示を済ませた。宇宙へ送られていたエネルギーは本部へ回され、当然ながら宇宙で作業していたチームはエネルギー切れとなった。
 それらが済んだあと、ボスは仲間たち――社長と宇宙人のそばへ戻った。
 戻ると同時に、宇宙人が言う。
「ホワイトホール消失まで、あと数分です!」
 ボスは眉間にしわを寄せた。
「……まずい。ブラックホールが復活したら、アウトだ……」
 そう、アウトだ。
 今まさに怪獣の中へ飛び込もうとしている、いや、すでに飛び込んだかもしれない彼の部下もまた、アウトだ。
(なんとか、やってくれよ……)
 ボスは肚の中で、つぶやいた。


「……で」
 ボスが部下に訊ねた。
「これはいったい、どーいう始末なわけ?」
「それは……」
「なんで本部のコンピュータが、ぜんぶクタバってるわけ!?」
「彼女はデータとして巨大でした」
「うん」
「彼女には、いわゆる精神の部分と、ボディの部分、それぞれのプログラムやメモリーがありまして」
「うん、うん」
「再起動のために必要な解凍を済ませた上での全体の容量はゼタバイト単位になりましたので、今は本部のメモリードライブ全部が彼女に……」
「あー、そういうこと……って、いつまでそれ続くの!?」
「彼女が完全に起動すれば、ボディプログラムから“肉体”を再構築し、そちらへ抜けてもらうことができると思います」
「じゃあ早く起動させようよ!」
「……させていますが、この地球の物理回路では処理が追いつかないため、あと数日はかかるんじゃないかと……。いや、でも、数日で済むっていうのは、けっこう優秀だと思います。ええ、こんな原始的なコンピュータでそこまでの速度があるというのは」
「それ褒めてんの? けなしてんの? どっちよ!」
「………」
「……まあ、いいか。
 シャットダウン状態の彼女というプログラムを、それもあんな巨大なものを、キミの技術と度胸のおかげでセーブできたわけだからねえ。つまり彼女を、助けられた。
 あの瞬間、回線は落ちる寸前だったらしいよ」
「できるだけ圧縮はかけたんですが」
「うん。いいよ、いいよ。つらい夢は増やさずに済んだんだし」
「……はい!」
「あぁ、あとな」
「なんでしょう?」
「もし“連中”と接触する機会があっても、彼女のことは言うなよ」
「なぜですか」
「ビックリさせてやンだよ! それくらいの見返りがあったっていいだろ? もう始末書とか報告書とかで、めっちゃ忙しいんだから。ひっひっひ、連中が彼女を見たら……。いいね? 黙ってるよーに! これ命令!!」
「……はい、はい。わかりました」


「あ、それからねぇ……。あのー、あともうひとりだけ、雇ってもらいたい人材がいるんだがねえ。……入ンなさい!」