かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

 こんな夢を見た。

 こんな夢を見た。


「やば、いっちゃう!」
「走るッ!」
「いかなきゃ!」
「いく!」
 俺の横をスリ抜けて、制服姿の女子高校生ふたりが駆けてゆく。
 彼女たちが目指しているのは、エレベーター。
 もうドアが閉まりかけている。
 俺もそれに乗りたかったんだが、この距離であの状態じゃ無理とあきらめたところ。
 だが彼女たちは突進し、とわッとばかりにボタンを押した。
(あーでもこれは完全にアウトのタイミングだな)
 歩きながら俺は思っていた。

 それにしてもまたずいぶんと中途半端なレトロ趣味の子たちだなあ。
 ひとりはガングロさんだ。といってもメイクは薄めで、ひと頃のヤマンバまではゆかない。ゴムで左右に振り分けたブリーチ後二か月とおぼしきツートーンの髪と、パステルカラーのルージュがやたら目立つ。
 もうひとりはガンダムルーソで、モビルスーツのような堂々たるひざ下。チェックのスカートは丈が微妙に長い。ガンダムというよりはドムかな。いやソックス自体は白だから、イメージ的には連邦寄りだな。
 レトロというには新しすぎるし、かといって今の流れからは遥かに遠い。
 もっとも彼女たちにとっては、ガングロもルーソも生まれる以前のものだろう。その意味では、大正浪漫とか江戸の粋とかと同列、といえなくもない。俺にしても、三島由紀夫夏目漱石に実感としての時差はない。作風が違う作家氏という感覚だけだ。
 彼女たちが、昔に流行ったファッションをウェブなり雑誌なりで見つけ、これは自分のセンスに響くと感じてトレースしても、なんらおかしいことはないと思う。

(おや。これはちょっとした奇跡か)
 完全に閉まって、ひと呼吸もあった、エレベーターのドアが、開いた。
 古い機械には時おりあるが、最近のやつは冷淡だからねえ。このタイミングでボタンが押されてドアが開くなんてのは、なかなかあることじゃない。
 そのおかげで、俺までもが間に合った。
「やたねー!」
「がんばればなんとかなる! あっ、すみませーん止めちゃって」
 彼女たちが話しながらエレベーターへ乗り込む。ほほー、無理押しでエレベーターを止めたことへの詫びを申し述べるか。よい子たちなんだね。
 俺も乗り込み、中を見る。
 けっこう大きなハコだ。でも変だなあ。ハコ内がくの字に曲がっている。通常のハコの中の一角に、やたら太い柱を立てたようなかたち。こんなエレベーター見たことないぞ。
 乗っていたのは四人。
 三十代とおぼしきスーツの男性、上だけ学生服の中学生、揃いのスーツのOL風ふたり。
 男性陣はどちらもメタルフレームのメガネを着用。スーツ勢は三人とも薄いマジェンダからライトグレーの明るい色をまとっているので、中学生の詰襟の黒がやけに目立つ。
 それにしても今どき、上だけ詰襟ってのは珍しいな。昭和半ばまでは多かったみたいだけど。

 俺を呑み込んでエレベーターは再びドアを閉じ、動き始める。
 上向。
 ぱたぱたと回数表示が変わる……と。
「え!?」
 声を出してしまった。
 女性たちの姿が消えている。全員だ。
 ガングロさんもルーソさんも、OLさんたちも。
 スーツ氏と詰襟くんも異変に気づいたようだ。
「え、い、今、いましたよね? いましたよね!?」
 スーツ氏があからさまなうろたえ方で、きょろきょろとハコ内を見回す。
 詰襟くんは目を大きく見開いてぷるぷる震え始めた。
「い、いったいこれ、どういう……」
 俺はハコ内で一歩移動しようとして、足首をひねってしまった。
 壁へ倒れかかって、むにゅ、と柔らかな感触に当たり、「ん?」となる。
 手さぐりで、なにもないはずの空間を撫でる。
「……いる。見えないだけ、なのか?」
 いや。
 触れたら、すぅっと姿が見えてきた。
「あっ、いた!」
 彼女が、泣きそうになりながら言う。
「じゃああなたには、こっちが見えなかったの?」
「急にみんな消えちゃって、すっごく怖くて……」
「あっ。こっちにもいますっ」
 スーツ氏がもうひとりのOLさんを“救助”した。触れれば見えるようになるらしい。
 詰襟くんもそこらを、まるで犬掻きで泳いでいるような体で探している……が。
「もういません」
「えっ。じゃあガングロさんとルーソさん、どこいっちゃったの!?」
「いないんですようっ」
 俺は思わず大声を出していた。
「ガングロさん! ルーソさん! どこ? いるの? 聞こえる!?」

 うふふっ、と耳元で声がした。
 振り返ったが誰もいない。
『よかった』
 え。
『みんなにみつけてもらえたよ』
『違うなあ。気づいてもらえた、じゃん?』
『あー、そっか。そうだよねー』
『ありがとうね』
『ありがとう』

 エレベーターが止まった。
 ドアが開く。
 俺たちは降りて、そこが、誰も押していない、どころかボタンが「従業員専用」の枠で囲まれて押してはいけないことになっている先の、屋上であることに気づいた。
 寒風が容赦なく吹きつける屋上へ出る。
「ここ……」
 詰襟くんが屋上の端まで行って、すぐ戻ってきた。
「危ないですね。すごく高いのに、柵がおなかぐらいまでしかないです」
「そりゃ危ないな、ひとまたぎで落ち」
 言いかけて俺はゾッとし、口を噤んだ。
 スーツ氏もOLさんたちもなにも言わない。
 スーツ氏が目顔でエレベーターを示し、まだ開いているドアを俺たちはそろってくぐった。
 エレベーターは何事もなかったように降りてゆく。
 俺は目的の行き先、七階まで下って、ハコから出た。
 出際に、また耳元で聞こえた。
『いかなきゃ』
『いく』

 ……無事、ゆくことができたのかなあ、と俺は思った。
 ゆけていたらいいなあ。


 で、目が覚めた。