まだ青年といえた頃、友人が穏やかな笑顔を浮かべて言った。
「どうしても勝てない相手って、必ずいるよね。そういう相手と向き合うことになったら、僕は、無理に戦って負けるより、逃げてしまおうと思うんだ。でも、背中を向けて一目散には逃げたくないんだよね。相手を見ながら、じりじりと、あとずさって逃げようと思うんだ。どうだろうか、僕は卑怯だろうか」
あれから何十年という月日が過ぎたが、未だにあれを越える勇敢なことばを聞いたことがない。そして彼は、今も穏やかな笑みを浮かべて日々を過ごしている。自分もいつかは、そんな勇敢なひとになりたいと思っているが、今なお果たせずにいる。