かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

父からの表彰状

 現在、ゆえあって実家で83歳の父親とふたり暮らしをしている。

 当面の最重要課題のひとつは、20年ほど離れていた自室の手入れだ。
 離れている間に部屋は家族の物置になり、また父の植物園にもなり、それはもうえらい状態になっていた。
 なにしろぶらさがり健康器が押し込まれていたり、動かなくなったVHSビデオデッキや機種が更新され不要になったBSチューナーが投げ込まれていたりしていたんだからね。物置というよりは、ほとんど粗大ゴミ置き場だ。
 父の植物園ってのもすごい影響を残していた。
 父は、いくつもの鉢を俺の部屋で育てていたらしい。花が見頃になったり葉っぱの繁りがちょうどよくなったりしたものはリビングへ移動させ、元気がなくなったり旬が過ぎたりした鉢は俺の部屋へ、ということをやっていたようだ。
 おかげで部屋は、そこら中に枯れ葉が散らかってるわ鉢をうっかり倒した時の土はそのまんまバラ撒かれているわで、屋外とえらく違わない状態になってしまっていた。
 そこを人間の落ち着ける環境にしようってんだ。そりゃあ手間も時間もかかるさ。

 俺自身の荷物もなかなかのものだった。
 なにしろ1970年代の雑誌が箱詰めになって保存されていたりしたんだからね。
 そのうちの一部はもう好事家に譲ったり(もちろん無料でだ)、どうしようもない状態のものは仕方なく廃棄したりした。
 そういうノリで、なんと中学生時代以来の授業のノートとか学力テストの成績表、落書きの類までがしっかり保存されていた。これには本気で参った。
 なにしろ、雑誌の交際欄を通じて知り合った文通相手の手紙まで出てきやがったんだからね。これはもう冷や汗どころの騒ぎじゃない。
 箱ひとつ、封筒ひとつを開けるたびにものすごい緊張感。いったい次はなにが出てきてこの俺の弱った心をさらに追い詰めてくれるのだ。自分の黒歴史と日々対面するのって、このうえない責め苦だ。

 そして、発見したものがある。
 表彰状だ。
 半分に切られた画用紙に毛筆で、こんな風に記されている。

「表彰状
  かどいようへい

 あなたは学校の成績も
 良く、なお進学教室に
 於ても優秀な成績を
 おさめましたので、こゝに
 表彰します.

   昭和〓年〓月〓日」

 もちろん原本には本名が書かれている。かどいは筆名だからねえ。
 送り主の署名はない。でもこの字はわかる、父のものだ。
 もともと手のきれいなひとだが、この表彰状の字はことにていねいに書かれている。
 気持ちのこもった文字だ。
 俺が持っているということは、これは確かに授与されたものなのだろう。
 書かれている内容や日付からいって、これは俺が中学一年の冬にもらったものらしい。
 もらった時のことは記憶にないが、もらった当時の俺自身がどんな顔をしたかはおよそ見当がつく。よほどの仏頂面だったことだろう。

 なぜ父が俺に表彰状を送る気になったのかはわからない。
 とりあえずいえることは、そもそも俺の父は不器用であり、こどもの気持ちなんか皆目わからないし、こどもがなにをすれば喜ぶかなんてことは、いっそうわからないひとだということだ。
 この表彰状は、そんな父が書いて、俺に授与してくれたものなのだ。

 父と俺は、仲がよいとは決していえない。
 ふたり暮らしをしている今だって、日に一度はぶつかる。数日に一度は怒鳴りあいだ。
 この表彰状は、そんな父が書いて、俺に授与してくれたものなのだ。

 ちょっとした悪戯心めいたものを込めたものだったのだろうか。それとも本気も本気、大真面目で書いたものだったのだろうか。なにかこういうものを出さなければならない事情でもあったのだろうか。
 わからない。
 わからなければ当人にたずねればいい、って?
 それができるほど俺は純朴ではないし、父だってそれにちゃんと答えるほど素直ではないよ。むしろお互いに「ふん!」なんて顔になるのがいいところだろう。

 でもね。
 これを見つけ、なんだったんだろうと考えるうちに、俺は泣けてきたんだよ。
 なぜって? ひとことじゃいえない。いろんなことがいっぱい頭に浮かんで、どんどん浮かんで、それが俺の涙腺を押し潰したんだろうよ。どれがどう、なんてことはわからない。
 ひとつはっきりといえるのは、俺がちゃんと育てられたってことがよーくわかったってことだ。
 なんて贅沢なことだろう。
 そう、俺はちゃんと育てられていたんだよ。

 俺には息子がひとりいる。まだ二歳にならない。
 いつか息子に表彰状、いや感謝状を書こうと思った。
 俺がきちんと子育てをできるかどうかはわからないが、でも、俺が息子の存在そのものに感謝していることを、かたちにして伝えたいと思ったんだ。
 俺の父だって俺にそういう気持ちをもっていた、そのことだけは確かだ。
 それを俺の子にも伝えたい。
 そしてできれば俺の子も、その子にそういう気持ちをもち、それをちゃんと子に伝えてほしいと思ったんだ。

 自室の黒歴史の発掘作業も、そんなに悪いもんじゃないらしい。
 でも次に開ける箱になにが入っているのかと思うと、鳥肌が立つ。
 いったい次はなにが俺のチキンなハートを踏み潰してくれるのか。
 ううう、厳しい……厳しすぎる試練だよ、これは……。