かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

魔少女・由衣 闇狩り【#3】追う者たち〔1〕-03

(承前)

おい森沢。お前、これどう思うよ」
 普段は取り調べに使われる狭い一室で、中屋敷と森沢、大谷に専従捜査員が三人、額を突き合わせるようにして、机の上で開かれたファイルを覗き込んでいた。
 中屋敷は、そこに貼りつけられた一枚の写真を指さしている。それには、自宅から少し離れた木立の中で発見された服、由衣が事件直前まで着ていたらしい服が写っていた。
 森沢は、だいぶよれたワイシャツに緩めたネクタイ、折り目が消えかけて皺っぽくなったズボンという姿だ。顔には、うっすらと短い髭も貼りついている。どうやら本当に資料室に泊り込みで、何か調べ物を続けていたらしい。
「これって言われても」
「この写真だよ。よく見てみろ」
「うーん……服ですね」
「ど阿呆。そんなこたぁ誰だってわかる。お前、これ見て変だと思わねえのか」
「変、って。この写真は、前にも一度、見ましたが……あれ? 変だな」
「そうだろう」
「ええ。これは変ですよ、どう考えても。これ、発見された時のまま、手もつけずに撮った写真、ですよねえ?」
 森沢が、先ほどの中屋敷とまったく同じことを訊いて顔を上げた。大谷は狐につままれでもしたような顔で、若い捜査員の一人を見た。その捜査員が、森沢の顔を見て答えた。
「もちろん、その通りです。何か、おかしなことがあるでしょうか」
「おかしいですよ。だって、ほら、汚れが少なすぎます。それにこれ、たたんであったんですよ。それもきっちりと、ていねいに」
「……え?」
「この写真じゃ散ってはいますけどね。無造作に投げ棄てられたようなものじゃ、ありません。一旦きっちりたたまれた後で、蹴飛ばされたかなにかされて、散らされてるんです。そうでないと、こうはなりません。見てください、スカートのここんとこなんか、折った跡が残っています」
「………?」
 中屋敷が焦れて言った。
「あのなぁ。誰がこの現場に、きっちりと服をたたんで置いたっていうんだよ。誰にそんなことをする理由が、必要があったっていうんだよ」
 大谷を含めた所轄署の捜査員四人が、同時に「あっ」と声を上げた。森沢が、写真をじっと見ながらしゃべり始めた。
「つまり、こうなんです……この写真で見る限り、服の汚れはわずかなものです。ということは、少なくともこの服をたたんだ人は、その前に手が汚れるようなことをしていないんです。この服をたたんだ手には、血も泥もついていなかったということですね。
 それに、この服が脱がされた……あるいは脱がれた時に、着ていた人は抵抗していません。この木立の様子ですと、草は生えているしあちこちに土が露出してるしで、抵抗していればやはり、相応に汚れたはずですから。となると、出てくるこたえはひとつになります」
 中屋敷は険しい表情をしつつも、何か満足したような目で現場写真を見ている。他の四人は、ただあんぐりと口を開けて森沢の顔を見つめていた。
「これ、由衣さんが自分で脱ぎ、ここにたたんで置いたんです。その後で誰かが、崩した」
 森沢の断言に、中屋敷が頷いた。それにつられたように、捜査員の一人が呟いた。
「そういえば……」
 中屋敷がぎょろりとその捜査員を睨む。彼は、その視線のきつさにたじろぎながら、早口で言った。
「この服を回収しようと持ち上げた時、その間から、ポロッとこぼれ落ちまして……」
「何がだ」
「そのう……下着です。パンティ」
 森沢は得たりという顔になり、わずかに頬を紅潮させてしゃべり始めた。
「間違いないじゃありませんか。自分の下着を、服の間に隠すように挟んでおく。女の子らしいことです。たとえ犯人に偏執者の傾向があったとしても、まさかそこまで服にこまやかな配慮をするとは思えない。由衣さんは間違いなくここで、自ら服を脱いだんです。そして、それから殺された……でも……」
 いきなり黙り込んでしまった森沢を、中屋敷が、意外なほど優しい声で促す。
「でも、どうした?」
「……目的、全然わかりませんね。いったいなんだって下着まで脱がなきゃならなかったんですかね、彼女は。こんなところで」
「ふむ。不純異性交遊って線も考えられなくはないが、それにしたって服をきちんとたたむってのは、妙に過ぎるな」
「……何か気になる。ひっかかっているんです。なんだろうな、彼女が自分でこの木立に来て、自分で服を脱ぎ、ていねいにたたんで置いた理由。……それに関係してきそうな物事……何かあるような気が」
 森沢はそれだけ言うと、がりがりと頭を掻きむしった。その拍子に、ここ数日間洗っていないらしい頭から、ぶわっとフケが舞い上がった。大谷たちは顔をしかめ、身をのけ反らせた。
「いずれにせよ、ひとつの方針は見つかったってえわけだな」
 中屋敷は、捜査員たちの顔を順繰りに見ながら言った。
「由衣の周辺に、何かがある。必ず、ある。由衣の身の周り、交遊関係、丸ごと洗い直しだ。今夜、外回り連中が戻ってきたら、その方向で捜査会議! さっそく準備だ!」
 捜査員たちは「はい!」と返事をし、部屋を出ていった。中屋敷もその後を追いながら、森沢に声をかけようとした。だが中屋敷は森沢を見て、開きかけていた口を閉じた。
 森沢は写真をじっと見つめたまま、動こうとはしない。目から、普段の茫洋とした感じが失せている。そして森沢は、口の中でぶつぶつと何か呟いていた。
「たたむ……平常心? 時間的余裕? あるいは日常性への逃避? それとも……自ら意図しての何か……?」
 中屋敷は森沢の様子に、一瞬だが、ひどく嬉しそうな笑顔を浮かべた。そしてそのままひとりで部屋から出ると、そっとドアを閉めた。

(続く)