かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

魔少女・由衣 闇狩り【#3】追う者たち〔1〕-02

(承前)

「ところで、中屋敷警部」
 鑑識官が問う。
「なんだよ」
「今、“連中”とおっしゃいましたが」
「そらぁそうだろうよ。こんだけのゴトが、一人でやらかせるかよ」
「……それはそうですが」
「ぼ、僕も、こちらの鑑識さんと同じ疑問があります」
 いつの間に戻ってきていたのか、後ろから森沢が、出し抜けに口を挟んだ。
 顔色が真っ青だ。どうやら一旦現場を離れ、胃の内容物を全部拡げてきたらしい。声のトーンは、やや落ちついている。細く柔らかな、風貌によく似合った声だった。
「なんだてめえ。今さらノコノコ来やがって、俺に意見しようってのか」
「いえ、その……。あのですね。ざっと二階まで見て来たんですが……うぐ」
 どうやら二階の惨状を思い出したらしく、言うなり森沢は俯き、ハンカチで口許を押さえてしまった。その脛を軽く爪先で蹴飛ばしながら、中屋敷が促す。
「見て来たが、どうした」
「あ、あのですね。行動にですね。その、犯人の行動に、非常に整頓されているような印象がありましてですね。複数だったら、行動にばらつきが出るものでしょう? けれど、一貫した何かがあるような……。その、なんていいますかね。殺し方というか、壊し方に統一されたセンスがあるような感じで」
「殺しのセンスだと? なんだお前、ずいぶん面白いことを言うじゃあねえか。あれか? お前が勉強に行ってきたっていうアメリカ仕込みの、プロファイリングってやつか?」
「ええ、まあ、そんなものです。とにかく、行動そのものが妙に統一されてる気がするんですよ。多人数だと、こういう具合にはいかないと思うんです」
 森沢の言葉を聞きながら、鑑識官がうんうんと頷いている。
 中屋敷は森沢の言葉に腕組みをし、改めてぐるりと居間を見回してから言った。
「なるほど。森沢の言うことも一理あるかもしれんな。こいつはじっくりと検分する必要がありそうだ」
「そうです。上も含め、すべてをじっくりと……じっくりと……」
 言ってから森沢は、「ヴッ」と唸るなり、また外へ出て行った。
 その後ろ姿を目で追う中屋敷に、鑑識官が訊ねた。
「現場、初めてなんですか? あの人は」
 中屋敷は大仰に肩を竦めて答えた。
「知らねぇよ。初めてかもしれねえな。だがあんたも聞いた通り、あの細い神経と情けねえ根性の割にゃあ、意外に見るべきところは見てやがる。使える奴に育つかもしれねえ」
 鑑識官は大袈裟なほどに口許をかっきりと引き締め、力強く頷いた。
 その時、玄関の方から慌ただしい足音が響いてきた。
「大谷部長、大谷部長っ」
 走り込んで来る制服の若者に、鑑識官は振り向きざまに怒鳴った。
「こらっ。現場を荒らすな、もっとそっと歩かんかっ」
「す、すみませんっ。でも、その」
「なんだ」
「出ました、見つかりましたっ。由衣と思われます。遺体です……というか、あの」
「どうした」
「とにかく、来てくださいっ。すぐ近くの、木立の中ですっ」
 鑑識官は中屋敷たちを振り向いた。中屋敷が頷く。
「案内してくれ」
 鑑識官が言うと、呼びに来た若い制服は敬礼を返し、外へ走り出ていった。

「気に入らねえな。ああ、気に入らねえ」
 所轄の署に急造された“天宮家惨殺事件捜査本部”。その本部長の机についている中屋敷が、突然、野太い声で独り言を言った。その声に、本部内にいた捜査官たち全員が、ビクッと身体を震わせた。
 捜査本部といっても、広い一部屋の一角をパーテーションの衝立で囲い、壁に急ごしらえの看板を立てかけただけのものだ。だから中屋敷の大声は、そのまま部屋中に響き渡って、天宮家事件の専従捜査員以外の耳にも届いた。部外捜査官の中には、『またか』と呟き、専従捜査員に憐れみの視線を向ける者もある。
 通報から四日めを迎えた今も、捜査にはまったく進展がない。司法解剖の結果、殺害時刻は発見より四日前の深夜頃とわかった。だが使われた凶器の見当はつかず、また凄惨な現場をどんなに検分しても、天宮家の周辺の事情をどんなに探っても、犯人の姿どころか、影さえ補足することができないのだ。
「計画性、皆無。そのくせ、現場に証拠になるような物品は一切なし。残虐至極、だが凶器の特定はできず。おまけに娘の由衣に至っては、現場で残骸こそ見つかったものの欠損多く、殺害されたかどうかの断定すら不可能。なんだよ、一体なんなんだよ、この事件は!?」
 机の上に積み上げられたファイルの山を、グローブのような分厚いてのひらでバンバンと叩き、中屋敷は誰にともなくまくしたてた。
「本部長、まあ落ちついて」
 そう言って茶を持ってきたのは、大谷巡査部長だった。現場では鑑識専用の出で立ちで陣頭指揮を採っていたが、今日は普通の制服姿だ。ぱっと見た印象と物腰には、警察の関係者とは思えない温和なものがある。
「ああ、大谷さん。こりゃどうもすみませんな、部長に茶を運ばせるなんて」
 中屋敷は言って、茶碗を受け取った。態度も口調もひどく横柄な中屋敷だが、不思議と捜査本部内での評判は悪くなかった。言う者が言えば、今の言葉もかなりの棘のあるものに聞こえただろうが、中屋敷が言うと、それは言葉通りの意味にしか聞こえない。
「いやいや。それにしても難航してますな、天宮家事件は」
「ええ。大谷部長のおかげで、現場の検分は完璧ってとこなんですがね。それにもかかわらず、全然、事件ってのが見えて来やしねえんですよ。俺は長いこと、こういう荒っぽいゴトと付き合ってきてるが、ここまでわけのわからねえのは初めてだ」
「まったく。この街も、決して平和一方ってわけじゃありませんから、私も相応にえらいものを見てはきました。でも今回の事件は、ちょっと違うようです」
 大谷は相づちを打ち、自分の分の茶をひとくち啜ってから、ぐるりと周囲を見回して中屋敷に尋ねた。
「ところで、あの若い人……森沢さんといいましたっけ。あの人は」
 中屋敷は、太い眉の端をだらんと八の字に下げて、首を横に振った。
「資料を当たります、っつって、ここの資料室に入ったキリよ。ほとんど宿舎にも戻らずに、片っ端からファイルを当たってるらしい。まあ、それが奴のやり方なんだろうから、好きにさせときゃいいとは思ってるんだがね」
 大谷は、うんうん、と頷いた。中屋敷は、情けない表情のまましゃべり続ける。
「お宅の捜査員さんたちは、一所懸命やってくれてるよ。聞き込みも、報告書の作成も、立派なもんだ。だが、何か違う。どうも勝手が違うんだな。なんといえばいいのか……どうも俺たちは、事件とは全然違うところで空回りしている気がして、ならねえんですよ」
 中屋敷は一気に茶を飲み干し、現場の写真を収めたファイルを開いた。
「そういえば、森沢さんが現場で言ってましたねえ。統一されたタッチがある、と。私もまったく同意見なんですが、その……」
「なんです?」
「いえ、ね。なんというか、人間っぽくないなあ、と思うんですよ」
「人間っぽくない?」
「ええ。まるで人間らしいものが見えない。人を殺す時の、逡巡のようなもの……あるいは脅えのようなもの。快感でもいい。とにかくそういう、感情とか心のようなものが、全然、浮かびあがってこないんですよ。現場から」
 中屋敷は唇までをへの字にして言った。
「心がない、ねえ……確かにねえ」
 ファイルのページを繰りながら、中屋敷は煙草を咥えた。大谷が目敏く机の上のライターを見つけ、火を点けて差し出す。現場の仕切りの巧みさといい、茶のことといい、細かいところに気づき手を回すまめさは、大谷の生来の性分であるようだ。
「何かが違うんだよ。どうも変なんだよ。気になったことがあるはずなんだよ……」
 ふー、と煙を吹き出した時、中屋敷の目がカッと見開かれた。
「……なんだこりゃ」
 大谷が中屋敷の凝視する写真を覗き込む。
 中屋敷は、写真から目を離さずに大谷に尋ねた。
「これ、発見当時のまンまの写真、ですよなあ」
 大谷は「当然です」と答えたが、中屋敷が何を気にしているのかわからないといった風で、ファイルと中屋敷の顔をかわるがわる見比べている。
「森沢! 誰か、資料室から森沢呼んで来いっ。あいつにこれ見せてみるんだっ」
 中屋敷の大声に、本部にいた一人がバネ仕掛けのようにぴょんと立ち上がり、廊下へ走り出て行った。
「い、いったい、何があったっていうんです? 何を見つけたんです?」
 びっくりしている大谷に、中屋敷は言った。
「当日の、現場Bの検分に行った連中を、ちと集めてもらえませんかね」
 その目には、獲物のにおいを嗅ぎつけた猟犬を思わせるものが宿っていた。

(続く)