かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

魔女・美弥 闇狩り【#1 女教師肛姦罠】-06

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(承前)

 喰われている。今、喰われているんじゃないのか。
 本当に俺、この女に呑み込まれてしまうんじゃないのか。
 真琴は本能的な恐怖と驚愕、それでいてなお全身を包み込んでくる快感に目を口を大きく開き、酸欠の魚のように喘いだ。
(あっ)
 真琴は思い出した。
 あの時の男たち。住宅街で真琴を襲った連中。
 あいつらはあの時、こんな気分を味わっていたんじゃないのか。
 あの時やつらは、決してこんなことをしていたわけじゃない。だが、やつらが感じた感覚というのは、これじゃなかったのか。
「うふふふ。うふふふふふ」
 麻美が振り返って笑った。
 だが、その振り返り方は、あまりにも不自然だった。
 くびが捻られれば、当然わずかにパースがかかり、角度も限られて、顔の見え方は決まってくるものだ。
 だがその時の麻美の顔には、パースも角度の限定もなかった。
 麻美はまさに正面から真琴を見ていたのだ。
 ねじれている。なにかが、歪んでいる。
「この感じが、いいのよね。快楽の頂点から、一気に恐怖のどん底へ。見えるわ、キミの心が。黒く澱んで、一気に収縮してってる。今し方まで、空色に染まって大きく膨れていたキミの心が、きゅううッと縮んでゆく」
 麻美の声もまた、歪み始めた。
 高域のレゾナンスがいじられたように、キンキンと耳障りに響く声。ガラスを擦り合わせるノイズにも似た、生理的な嫌悪感をそそる声。いや、ことばを紡ぐ雑音。
「珍しいのよね、ここまで素直な心って。今どきは、本当に珍しい……目をつけた甲斐があったわ。じゃ、食べるわね。遠慮なく、食べさせてもらう」
 相変わらず身体を麻美と繋げたままの真琴は、身動きもできない。していない。それなのに、麻美の上半身は起き上がり、真琴の方を向いた。あの美しい乳房が、ぶるん、と揺れる様が、はっきりと真琴の目に映った。
 真琴を見つめる麻美の顔は、相変わらず蠱惑的な笑顔に固まったままだ。
 と、その口が突然、大きく開いた。
 顎関節がはずれたように、がくん、と大きく。
 開かれた口は、真琴を頭から呑み込めそうなほどに拡がった。
 口の奥に、無限の闇が見えた。
「あー、手間かかったわねぇ」
 聞き覚えのない女の声がした。
 真琴に覆いかぶさろうとしていた麻美の顔が、しゅるしゅると本当に音を立てて縮んだ。もはや艶かしさは失われ、毒々しい悪意ばかりで飾られた麻美の顔が、キッと周囲を見回した。
 その視線が一点に止まる。
 真琴もまたつられるように身体を捻り、ベッドから少し離れた部屋の入り口辺りを振り返った。
(……あの女だ!)
 野暮ったい服、黒く真っ直ぐな髪、切れ長の目、そしてその奥の深い瞳……。
「結界を張ったんだねえ、それも念入りに。おかげであたし、ここまで来るのにずいぶんと疲れちゃったわよ」
 その女は首をこきこきとひねり、肩をぐるんと回した。
 顔には笑みが浮かんでいる。けれども目は笑っていない。
「おマえ、何者だ!」
 麻美が……いや、すでにすっかり麻美ではなくなってしまったなにかが、金属的な音で怒鳴る。
「さぁて、ね。ただ、あんたの味方じゃないことだけは、確かだわね」
 女は言うと、すっと手を伸ばした。
 その指先が、真琴の下腹を指さす。
 途端に、それまで緊く噛みしめられていた部分が、自由になった。
 真琴はベッドから転がるように抜けだし、部屋の隅へ逃げた。
「久しぶリノ、極上の獲物ダったノニ!」
 言いながら麻美は、異様な姿に変貌していった。
 白く豊かな麻美の肉体が溶け、再構築されてゆく。
 泡立ち、隆起し、膨れる。
 巨大な軟体動物がのたくるような緩慢な過程を経て、白くぬらぬらとしたなにものかがそこに現れた。その身体の中央に、麻美の、あの美しい顔の破片が残っている。
 その顔の破片の中心で、酷薄な光を宿したふたつの目が、女を睨めつけていた。
 横から見ているだけなのに真琴は、その目のおぞましさに震えた。あの目で正面から見据えられたら、竦みあがってしまうと思った。
 だが女は一向に気にせず、言い放った。
「虚仮脅かしはおやめな。あたしにゃそれは、通じない」
 黒髪の女が両手を突き出した。指先が、奇妙な印を結んでいる。
「オマエコソ、ショウタイヲアラワセ!」
「やだね」
 麻美だったなにものかと、女と、両者から同時に強大な力が迸った。
 それがぶつかりあった瞬間、真琴は、脳天をしたたかに殴られたような衝撃を感じた。
 意識が遠のく。真琴の、次第にぼやけてゆく視界に、離れたまま対峙し、無音の世界で身動きもしないまま、それでも間違いなく激闘を交わしているふたり……いや、ひとりと一匹の姿が、映った。

 沈み込んだ意識の底の暗闇を、真琴は裸で彷徨っていた。
 寒い。肌に当たる感触が棘々しい。居心地が悪い、厭な暗闇。
 抜け出したい……ここから早く出たい。
 でも、どうすればいい? どこから出られる? そもそもにここはどこなんだ?
 と、白い手が手招きをする。その手を追ってすがりつく。
 柔らかなな感触があった。握った手から、暖かななにかが流れ込んでくる気がした。
 なぜか真琴は、その手があの女──長い黒髪と、吸い込まれそうに深い暗さを湛える瞳を備えた、あの女の手だと思った。それが間違いのない真実だという確信があった。
 真琴は、問いかけた。
(あんた、誰だ? あれは、なんだったんだ?)
(知らない方がいい。忘れた方がいいよ)
(でも……亜崎先生が……)
(あいつは元から、いなかった。あんたもなにも、しなかった。それでいい。それが一番、いいんだ)
(でも……)
(……ひとの心という、実体のないものを喰って永らえる一族がいる。そいつらは、いろんな国に、いろんな時に、少しだけ姿を現しては、いろんなことばで言い表されてきた。あいつは、そんな一族の一員)
(それって、もしかしたら……)
(忘れな。それがいい)
(でも、せめて名前だけでも知りたい……あんたの。あんたは、俺を助けてくれた。俺はあんたに感謝している。恩人の名前は知っておきたい)
(……美弥)
 甘い痺れが、真琴の頭の裏側に走った。
 その痺れに誘われ、真琴は再び暗闇に吸い込まれていった。
 それは、けれど、恐れのない、優しい闇だった。

 目を醒ました時、真琴は不思議な気分に包まれた。
 全裸で、ベッドに寝ていた。
 なぜ俺は、裸で寝ているんだろう? 記憶が途切れてる。
 昨日の放課後、なにか不安定な気分で美術準備教室の前へ行ったことまでしか憶えていない。あれ? 俺はなぜ美術準備教室なんかへ行ったんだろう。そうだ、先生に呼ばれたんだ……え? 先生? 先生って……誰だっけ。
 真琴は起き上がった。時計を見る。
「あ、やばッ」
 遅刻寸前だ。真琴は慌てて制服を着込み、鞄を抱えて家を飛び出した。
 通い慣れた道を走る。間に合うか? いや、間に合わせる! 今期の皆勤賞を、みすみす逃してたまるもんかっ。
 そして真琴は、自身の後ろ姿を見送る女がいたことには、気づかなかった。
 その女──野暮ったい服に身を包んだ黒髪の美女は、どんどん遠ざかり小さくなってゆく真琴の姿を見て微笑みを浮かべ、呟いた。
「あばよ、少年。達者で暮らせ。
 そして叶うなら、二度とあんなモノに魅入られるな。おまえの真っ直ぐな性根を喰らおうとするような、邪なモノに」
 そして女はくるりと身を翻すと、振り返ることもなく去って行った。

(了/この一連の項は1998年に雑誌掲載された作品に加筆修正したものです)