かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

【Ringo the Wight/#1-08】

(承前)

「よう。遅かったじゃあないかあ」
 夜中に戻ったリクを出迎えたのは、リンゴーの明るい声だった。
 戻っていた――。
 それに妙な安堵を覚え、それと同時に気持ちを見透かされているような苛立ちも覚えて、リクはただ「ああ」とだけ答えた。
「今日もカツアゲかい? どうなんだろう、カツアゲってのはけっこう実入りがあるもんなのかねえ? 今日の飯代、稼げたのかい?」
 食卓の椅子にきちんと座ったリンゴーが、訊ねてくる。
「まあ、な。ヴィレンのリードのおかげでね。実際俺たちは、ヴィレンがいなけりゃどうしようもないんだ。どこにカモがいるかの情報、どのカモからはどの程度搾れるかの見極め、持ち場の割り振りやアガリの配分……全部ヴィレンが仕切ってくれてる。だから、俺自身は今日、大した稼ぎもなかったけれど……」
 ほら、と言ってリクは、手にぶら下げていた袋をテーブルに乗せた。
 どん、と意外に重い音がする。
 中には、昨日よりは少ないが、それでも充分な食料が詰めこまれていた。
「おほ。待ってました待ってましたよ。これがないとねえ。やっぱ人間、食わなきゃいかんよねえ。力ってのがでないよ、うん」
 リンゴーは満面の笑みで、両手を擦り合わせている。その時初めてリクは、リンゴーの両手がやたらと大きいことに気づいた。
 病的ではないが、けれどリクの手と較べたらふた回りは大きい。体格の差があるのだから当然といえば当然だが、それにしても大きい。もしこの手で横っ面を張られたら、それだけで首から上がどこかへもっていかれてしまいそうだ。
 おまけにそれは、決してきれいな手とはいえない。関節は節くれだち、ごつごつしている。リクのように……いや、リク以上に荒っぽいことをやってきた手、に見える。
(いったいこの手は、どんなものに触れて、どんな“仕事”をしてきた手なんだろう?)
 とりあえずは、キーボードを叩くだけの会計士の手には見えないよな……そんなことを考えてリクは、リンゴーの視線に気づかなかった。
 やがて、痺れを切らしたのか、リンゴーが口を開いた。
「……ねえ、リク」
 我に返って「なんだよ」と答えたリクを、リンゴーは切なそうな目で見て、言った。
「食っていいのかな。駄目だよな。この部屋の主人がサーブしてくれないうちに、俺が手を出しちゃうってのは、そりゃまずいよな」
 なんとリンゴーは、律儀にもリクのお許しを待っていたのだ。
 リクはまたも呆れて、言い捨てた。
「……食えよ、いいから。ったく、イヌじゃあるまいに」
「うほほ。じゃ、遠慮なく」
 袋の中に手を突っ込み、がさがさと音を立てながら、中身を次々と引きずり出す。
 いったいこいつの頭の中身はどうなっているんだろう。それに今日一日、いったいどこでなにをしていたんだろう。……リクはいくつものことを一度に考えながら、リンゴーに向かいあって座った。
「なあリンゴー」
 がつがつと食い始めたリンゴーに、リクが訊ねる。
「なにか収穫はあったのかい」
 興味は、あった。けれど、半ば以上は投げやりだ。それというのも今日リクは、仲間の誰からもリンゴーの消息を聞けなかったのだ。
 このブロック内で、リンゴーみたいに目立つやつがウロウロしていれば、誰かしらが見かけるはずだ。リクの客とも知らずに“商売”を仕掛けるやつがいても、おかしくない。
 けれど、そういう話は一切、届いてはこなかった。である以上は、リンゴーはこの辺では動いていなかったということになる。としたら、収穫があるわけもない。
 きっと見当違いに半端な階層でも歩いてたに違いないんだ。訊ねるだけ、無駄さ……。
「ああ、だいたいのことはわかったよ」
「え?」
 あまりにも意外な言葉に、リクはぱたぱたっと数度、まばたきをした。
「うん、だいたいのことはね。十二年前のこととか、最近の抗争の理由、そしてもちろん、リクの兄貴分のおかしな行動の意味も、エイミがリクに相談した理由もね」
「……んな……バカな……」
 いったいどんな魔法を使えば、たったの一日でそんなことがわかるっていうんだ。だいたい十二年前のことってなんなんだ。エイミが俺に相談した理由だって? それっていったい……。
「ああ、それからね」
 早くも目の前に出したものをすっかりたいらげてしまい、口許をハンカチで拭いながらリンゴーが続ける。
「リク、ついてるよ。明日には、とりあえずの結論というか、けじめがつけられるはずだ。TTB−13ビルって、どこだかわかるかい?」
「TTB−13。ここからはちょっと離れてるな。確か“上”用の食料品倉庫がメインになったビルだったと思うけど。たまに食い物をいだだきに入ることがあるよ」
 リクの口調が、どこか改まったものになっていた。リンゴーを見る目にも、少し違った色が――ひとかどの男を見る時の色が、混ざっている。
「ああ、それだ。間違いない。明日の夜九時五十五分に、そこでヴィ……ヴィ……」
「ヴィレン」
「そう、その兄貴分の、ここしばらくの行動の結果が出るよ。そして俺たちは、なにがなんでもそれを阻止しなきゃならない」
「阻止ぃ? なにそれ」
「んー、話すと長くなるんだ。で、俺はその前にやっとかなきゃならないことがあるんで、これからまた出掛けるよ。多分、今夜は戻らない。明日は現地集合ってことで」
「おい、ちょっと待てよ。現地っつっても、TTB−13はでかいぜ」
「詳しい場所と時刻はここに書いてある。厳守よろしく。ああそれと、エイミはもちろん他の仲間にも気づかれないように頼むよ。じゃ」
 そしてリンゴーは立ち上がるときゅるりと後ろを向き、大股で部屋の出口に向かった。
「お、おい。おい、リンゴー!」
 リクは呼び止めようと立ち上がったが、その時にはもうリンゴーは、例のしゃかしゃかした歩き方で、とっくに部屋の外に出て行ってしまっていた。
「……なんだよあいつ。いったい、なにがわかったっていうんだよ。あいつ、いったい何者だっていうんだよ……」
 リクはただ呆然として、リンゴーから渡された紙を握りしめたまま、その場に立ち尽くしていた。

(続く)