かどいの『I'm in Rock!-Ⅱ』

ある文筆業者(分泌業者ではない)の生存証明。基本的に毎日更新。

【Ringo the Wight/#4-14】

(承前)

「……いろいろ気になってたみたいだね。種明かしをするよ。終わったからね」
 俯いたまま、リンゴーがゆっくりと言った。
「俺はね、つまり……売ったんだ。自分をね。もう薄々気づいているだろうけど、俺はこの体のおかげで、幾つかの機関に追われている――」
 二度とは生み出せないであろう、遺伝子の化け物。たとえそれが商業的な価値を生み出さないとしても、そのメカニズムがはっきりとわかれば、さまざまな役に立つはずだ。
 驚異的な再生能力の一端でも再現することができれば、あるいは不治の病に冒された命が救えるかもしれない。あるいは大怪我をした者が、元通りに自らの脚で立って歩けるようにもなるかもしれない。
 またあるいは――倒れることのない最強の兵士が生み出せるかもしれない。
 星連はそれを、恐れた。もたらされ得る力の不均衡、それが必ず呼び出す大きな災いを、未然に防ぐことを望んだ。そして“化け物”を確保した時、それを人目から遠ざけた。
「誤解しないでほしい。彼らは、無理やりに、力ずくで俺を拘禁しようとしたわけじゃあないんだ。俺はいたって人道的な扱いを受けてきたものさ。
 いろんな実験や研究の合間には、ちゃんとひととして扱われ、ある程度の自由ももらえたし、わがままも聞いてもらえた。小遣いをもらえたし、外へ遊びに行くことだってできた。
 毎日寝そべってばかりで体が鈍ると言えば、プロが一から闘い方、武器の扱い方を教えてくれたりもしたよ。もっとも俺は、からだひとつの闘い方ってのには、どうも才能がなかったみたいだ。代わりにテッポウの扱いにゃ、ずいぶんと習熟させてもらったもんさ。もともとテッポウはガキの頃から好きだったんだ、マカロニウエスタンなんか何度も繰り返し観たからね」
 そんな生活は契約というかたちを取って何度も更新され続け、ほんの二十数年前ほどまで続いた。けれどある時、突然そういう生活に飽きた。なにかが足らない、と思った。
 そしてリンゴーは、契約を更新せず、街に出た。
 ある機関と縁が切れれば、他の機関が別の契約を持ちかけてくる。それがわずらわしくて、身を隠して生きる術を覚えた。そうやって死なないままに、時間を過ごしてきた――。
「で、今回、俺は自分から彼らの前に姿を現してやった、ってわけさ。代わりに、ICデータの調査や古いコンピュータの調達、その他いろいろをしてもらった。これでわかっただろう? 全部が、さ」
 リクは泣いていた。
 この男は……リンゴーは、俺の、俺たちのために自由を棄てたのか。この先、再び何十年続くかわからない実験動物の身分に、自らを落としたのか。……それを負担に思わせたくなくて、今まで黙っていたのか。
 声を押し殺して、リクは泣いていた。
 リンゴーが、わざとらしいほどの明るい声で言った。
「ま、気楽な生活なんだよ、本当に。飽きるけどね。もう俺は、安い仕事を探して地べたを歩き回らなくてもいい。そうさ、いい加減、飯や寝床の心配をしなきゃならない毎日ってのにも疲れてたからね。いい頃合いなのさ」
「でも!」
 反駁しようとしたリクの目を覗き込み、リンゴーは笑顔のまま首を横に振った。
「俺はね、夢みたいなもんなんだよ。あるはずのない、いるはずのないもの。あんまり深刻に考えないようにね。気まぐれにこの街へ来て、勝手にリクに絡みついて、とっとと逃げてゆくんだ。俺のことは、夢だったと思ってくれればいい」
「違う!」
 リクは叫んだ。
「夢なんかじゃない、あんたは……リンゴーは、目が覚めたら忘れる夢なんかじゃない!」
 リンゴーは目を大きく見開き、驚いたような顔になった。
 リクは俯き、けれどはっきりした声で、言った。
「……俺は、忘れない。リンゴーのことは忘れない。夢なんかじゃ、済ませない。俺は生きてる、そして生きてる限りリンゴーのことを忘れない。俺の間違いない現実として、あんたのことを……憶えている」
 急に空が暗くなった。見上げると、星連軍のマークをつけた武装VTOL機――ガンシップが、轟音とともに急速度で降下してきていた。
 ガンシップは器用に位置を整え、十数m先の公園の芝の上に着地した。開いた横腹のゲートから、数人の兵士と、でっぷり太った中年男、毒虫色の小柄な少年が飛びだしてくる。
「クワック先生……セト……」
 リクが呟く。
 ふたりが手を振りながら走ってくる。セトは額や頬に絆創膏を貼っているが、元気だ。
「いよう英雄! どうやら見事“仕事”を終えたようだな! それにしても、とんでもなく懐かしい連中を――星連医師団なんて莫迦莫迦しいものを、よくまあ呼び出してくれたもんだ!」
「エイミ、大丈夫ですよ! 助かりますって!」
 クラークとセトが、口々に叫ぶ。満面の笑みだ。けれどふたりは、ヴィレンの不在に気づくと、立ち止まった。そしてクラークは天を仰ぎ、セトはしゃがみ込んだ。
 兵士の中にひとり、見るからに将校らしい制服を着た者がいた。その将校は真っ直ぐにリンゴーを目指し、大股で歩いてきた。
 リンゴーがふらりと立ち上がり、将校に向かい合う。
「よう少尉。久しぶりだな」
 少佐と呼ばれた男は軽く眉間に皺を寄せ、答えた。
「今は大佐です」
 リンゴーは片方の肩を竦め、言った。
「それにしても遅いぜ。遅すぎた」
「無理を言ってくださいますな。これでも大回転でやったんですよ。特に、市長の背任の証拠固めにはだいぶ手間取りましてね……彼らはそれだけ巧妙だったので。
 ですがそれを突破口に、星連加盟星すべてでのフジマ連合狩り出しを実行に移したんですから、褒めていただきたいところですよ。先ほどの呼び出しには応えられませんでしたが、なにしろ戒厳令発令直前で人員が割けなかったもので」
「そうか。まあ、いいさ。そう、もういいんだ……。それにしてもあんた、老けたもんだな」
「当然です。あれから何年経ったと思ってるんですか。けれど……あなたは変わらないんですね。もっとも、見たところ片腕がなくなっているようですが」
「ああ、あっちに落ちてる。拾っといてくれ、どうせすぐにくっついちまう」
「わかりました。……こちらは?」
“大佐”がリクを見て言う。
「ああ、こちらはね……」
 リンゴーはちらりとリクを振り返り、そして、言った。
「俺の、友達さ。きっと前世から約束されてたに違いない友達だ。そして……」
 大佐が不思議そうな顔をしてリンゴーを見る。
「俺がこの街で生きたっていうことの、なによりの証――現実、だ」
 そしてリンゴーは、にっこりと、笑った。

(続く)